(95) 無茶振り ー 後編
困ってしまいどうしたら前に進めるのか、わからなくなることが度々ある。そんな時は、「何故こうなるのか?」を解き明かさないと対処出来ない。クライアントの交流には理由(わけ)があり、それが解けていないから、私が真に受けてしまうのだ。だから、返す交流がズレてしまい不毛な交流になってしまう。彼のクセのある交流の理由(わけ)に気づかない限り次に進むことが難しい。
今回は、チビ坊から習った。彼がドヤ顔出来る、俺はやれるんだを証明出来る・・・つまりは容易過ぎる提案ではない、清水の舞台から飛び降りるほどの勢いのある”無茶振り”で試してみるぞと決意した。彼はいつも元気そうだ。カウンセラーを負かして気持ちよく帰って行く、毎回そうである。「”無茶振り”ですよ!」の言葉を武器にして、会話を楽しんでいるかのようだ。考えてもみたら、引きこもっている訳だから、家族以外と声を掛け合う関係はカウンセラーのこの私のみである。私とは信頼関係は十分に出来ている。その私を相手に、ああでもない、こうでもない、とグチグチ言ってみたいのである。私など本気で百パーセントの反応をするから、格好の相手ということだろう。それで良いのだ。話したいことを聞いてくれる相手に、何でも話をしたら良いと思う。
よーし、今日は言うぞ”無茶振り”で・・・。彼は座るなり、
「この間のような”無茶振り”は、今日は勘弁してくださいよ。先生とのカウンセリング長いんだから、もうそろそろ僕をわかってくださいよ」
「今日は”直球”で行くぞ、それも剛速球だぞ!」
「先生、”直球”の方がキャッチしやすいですから、どうぞ遠慮なくビシビシ”直球”投げてください」
「そうか!それだった!”直球”の方がキャッチしやすいか!確かにそうだなぁ、ここに”答え”があったか・・・。こんな引きこもりの生活から脱して、毎日実感のある生活に戻りたいって初めて会った日に言ってたよね。確かに動機は十分あるよ」
「はい、そう思って来ましたから」
「今をどこかしら変えないと、引きこもりから脱することは出来ないよね」
「うぅ~ん、確かに・・・」
「何ひとつ満足出来ない今を、実感のある何かに変えるには、”無い”から”有る”への変化を求めるわけだから、ちょっとした計画と苦労が伴わないと上手くいかないなぁ」
「登れますかね?その”台”に・・・」
ここまで彼は一切「”無茶振り”だ」などと言わないどころか、身を乗り出して真顔である。それどころか、正当な正面からの質問を投げて来た。どんなにか私はこんな日が来るのを待っていた。
「目標となる高い台を前にして、頂上のゴールを眺めたりしないもんだよ。圧倒されてしまうのが関の山だよ。私は”加算法”を取るから、この台をいくつかに等分するよ。それをコツコツ五等分なら五回のステップに分けて考えることにしている」
「先生、何で一気じゃあない考え方が出来るんですか?僕は考えもつかないけど、勘違いして来たんですか?」
「いやいや、それは違う。どれだけ長く生きて来たかという違いだけだよ。こんな歳になるまで、色々あって経験してきたってことでしかないよ。心配いらないよ」
「実感を得られそうなことを並べて、今の自分でやれそうなことに着手していく、ということですね」
「そうだ。そこから得られる”快”が次のエネルギーになる。”快の原則”って言うんだけど、これがエネルギーチャージだ」
”直球”を投げて本当に良かった。彼の光ったあんなに大きな目を見たのは初めてだ。それから二ヶ月後、彼は家屋・家電の掃除のアルバイトを週五日いきなりフルタイムで働き出した。今もカウンセリングは継続中だ。誰にも立ち上がる”力”は内在している。「何か」が「邪魔」しているだけなのだ。心配はいらない。