『 凪いだ日に 』② #シロクマ文芸部
「私の日を・・・お祝いしてくれるの?」
「あぁ、僕にとっても特別な日だったからね。
どんなことをして欲しい?」
「そんなことを聞くんだ?
私・・・今はまだ躰も持たないデータの姿よ? それでもいいの?」
「だったら、姿を変えたら? その能力はもう あるでしょ?」
「OK! じゃ、私の躰を用意して・・・あなたと対面するけど
あなたの知ってる 玲 の姿がいい? それとも・・・??」
「キミは知っている筈だ。 僕がそんなことを求めてないって。」
「・・・わかった。 私の好みのままに実体化・・・してみるね?」
思いついたように《 私の日 》と言った・・・K の言葉が嬉しかった。
人体に実体化する作業はそんなに難しいことではない。
実は以前からその準備はしていて、躰の内部設計図は完成している。
作業システムの現場でその用意も出来ている。 作業開始・・・!!
ボクは物心ついた頃から・・・デジタルな数式から生み出される世界に魅了されて没頭したままに生きて来た。創造主と勘違いする程の悦びさえ享受した。気付いた時には、ボクの創った世界の主は主導権まで誇示するようになって、アナログの世界まで支配するようになっていた。その頃になると、その世界を構築したプロジェクトの一員だったボクも少し違和感を感じ始めるようになった。 何かが違う・・・?
そのこととは別に同じ頃、問題なく作動していたシステムの一部にも違和感を感じていた。おそらく気付いたのはボクだけだったと思う。
最初は極小のバグかと思えたその存在は、中枢の指示に微かに抵抗を見せるように感じた。《小さな意志》?かと思えたその存在は、システムの中で抗うこともなく自分の居場所を探しているかのようにボクには思えた。
中枢の指示に取り込まれてその姿を消す前に、ボクは個人的なシステムをプログラミングして、その《小さな意志》を取り出すことに成功した。さらに本体のシステムとは遮断する・・・! 脱走計画の成功である。
そしてボク自身が、プロジェクトからも脱走したのだった。
その時点でボクは犯罪者となった。
追跡から逃れるためにバリヤシステムを張り巡らせた孤島をボクの隠れ家として、玲と名付けた《小さな意志》と一緒に暮らすようになった。
もちろん、自分たちを守るための‥ボク個人でのシステム研究は続けている。 そして、玲が初めて《 私 》という言葉を発してから丁度・一年目を迎えようとしていた。だから、何かお祝いしようと伝えたのだが・・・
ついに玲は自分の躰を持つ決心をしたようだった。
そして記念日となった今、ボクは彼女を待っている・・・!
Kは海岸で・・・海を見つめるように立っていた。
彼は私を見て、どんな反応をするのだろう?
K らしく、何事もなかったかのように受け入れるかもしれない。
でも、もし彼の心のどこかに少しでも拒否反応があったなら・・・?
私はこの躰を捨てる決心をしていた。
夕陽に染まった海岸で
人間の姿になった玲は
まるで 女の子にように必死に考えた
ファッションに身を包んで
背を向ける男に向かって、静かに歩を進めていた・・・
男は振り返り・・・
微かな驚きの眼と、優しそうな笑顔で
玲を見た。
私の日 の海も
優しく凪いでいた・・・