実家の横の大木が切られた、その後家に住み着いた有象無象のおばけたち。
私の実家は都会のはざまにある集落のような田舎にあった。
父方の祖父の土地に両親が家を建て、小学校入学と同時に引っ越しそのまま高校卒業までをその場所で過ごした。
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引っ越しの日。
それまではわりと都市部に住んでいたので、これから田舎に住むということに心がときめいた。
新しい家の横には、家よりも巨大な木が生えていた。
1本のシンプルな大木ではなく、椿やグミの木…何種類もの木が複雑に絡まり合って一本の大きな木のようなこんもりとした存在になっていた。
数日して、私と弟はその大木の下へ遊びに入った。
大木の根元は複数の木が絡み合ってテントを編み上げたような丸い空間になっていた。
外からみると木々がひとかたまりに見えていたので、内側にこんな部屋のような空間があることに驚いた。
外と中ではずいぶん印象が違う。
まだ肌寒い春先だったけれど、木々に守られた空間は外より少し暖かかった。
外からは暗い影に見えたのに中はなんとなくオレンジっぽく、明るかったことを覚えている。
そして、空間には石造りの祠がひとつ。
「すごい!トトロの家みたい!」
いい遊び場を見つけて喜んでいた幼い弟と私は、通りがかった近所のおじさんに「そこはマムシがいるから入ったらいけない」と注意された。
家に戻ってマムシの話や、木の中にあった小さな祠の話をした。
「どこかのお城のお殿様の犬のお墓らしいよ。」
と、後日両親から教えてもらった。
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マムシに噛まれるとどんなに怖いか、とおじさんがじっくり語ってくれたおかげで、私も弟もその木の中に入ることはもうなかった。
「あの木がなければもっと日当たりがいいかもね」
そんな風に話したのは最初だけで『家の横にある大きな大木』を迷惑に思うことはなく、当たり前の存在になっていた。
私が高校生になる頃には木はさらに大きくなり、遠目に見ると木の形をした化け物が私の家に襲いかかろうとしているようにすら見えた。
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「あの木、切ることにしたらしいよ。」
ある日、父と母が話していた。
家が少し集まっている場所にひとつだけ、抜け出るように立っていた大きな木は成長を続けていて、周辺の家の日当たりはどんどん悪くなっていた。
土地の持ち主が、いよいよ決心をしたらしい。
「これまで何度も切ろうとしたけど、毎回事故が起きて取りやめになったらしいよ。」
それっぽい怖い話をして家族で笑ってから数週間後、工事の人たちが来て大きな木をばんばん切り落としていった。
あんなに大きい、すごい圧力があった木があった場所は木が切られてしまうと、何もない小山になってしまった。
どこかの殿様の犬の祠は丸裸になった。
小さい頃、中に入って見ていなければ「中にあんなのがあったのか!」と驚いたと思う。
これまで長い間、外の目から祠を隠していた木々はバラバラになって工事の人たちによってどこかに運ばれていってしまった。
今回も切っている途中に怪我人が出たけれど、中止にせずやりきったらしい…という話も耳に入った。
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ここからが本題で。
その夜から、不思議なものが家に居着きはじめた。
玄関のところに達磨のようなものが大小ふたつ並んでジッとしている。
脱衣所の天井にネバネバした大きな目のようなものが張り付いている。
ベランダに足の長いカエルのようなものが座っている。
夜中トイレに行った母はトトロに出てくる、まっくろくろすけに遭遇したという。
ハッキリと見えるわけではない。
強い光を見たあと閉じたまぶたに浮かぶ、光の残像のようなものがそこに感じられるだけ。
それらに気づいているのは私と母だけで、目撃した場所やかたちを言い合って同じものを見ていることに少し震えた。
「でも、イヤな感じはしないんだよね。」
それが共通の見解だった。
なので、気づいても「ああ、居るな。」と思うだけで別段怖くは感じなかった。
きっと、あの木に住んでいたいろいろなモノが、木がなくなって一旦、木の真下にあった我が家に仮住まいしているんだろうと人間らしい検討をつけた。
1ヶ月ほどが経ったとき、ふと母と「そういえば、いなくなったね」と話をした。
突然いなくなったけれど、新しい場所に移れたのならいいね。
消えてしまったなら、そういうことなんだろうね。
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あの不思議ないろいろなモノは、何だったんだろう。
妖怪か、木の精か。
母と同じものを見ていたので、きっと幻覚ではなかった…かな、と思う。
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それから2〜4年くらい、大木に住めたはずの蝉が隣にあった畑の大根や、実家の庭の朽ちたブランコなどにしがみついて羽化していたそうです。
noteの『不思議な体験』というお題を見て久しぶりに思い出してみたお話でした。
読んでくださってありがとうございます!