臓腑(はらわた)の流儀 碧(みどり)の涙 その9
ど、どうしたんだコレ?」
「アイツが逃げる途中で落ちたんですよ。いや、わざと落として行ったのかな?」
孝一郎君の質問に野添君が答えました。
「一瞬輝く物が地面に落ちたんで、それに気を取られているうちに逃げられてしまって……」
「いや、いい。コレを取り戻しただけでお手柄だ!」
「水島、やっぱりアイツ、怪盗Xが一連の犯人だったんだな?」
そう言ったのは平君でした。
「まぁそういうことになるだろうけど、それはゆっくり検討しよう。先ずはみどにコレを返すのが先決だ。
そうして男子が体育館に戻って来た時には紅陽祭の閉会式がまさに終わろうとしているところでした。
孝一郎君は慌ただしくステージ上に上がり、厳かな口調で閉会を宣言しました。アタシは知らなかったけれど、直前にそんなドタバタ劇があったにしては落ち着いたもので、事実は知らなかったとはいえさすがだなぁと思ったのと同時に、今まで何してたんだろう?と疑問でしたし、それは一般の生徒も同じだったと思います。
司会を担当していたみどが、
「これで紅陽祭の全行事は終了しました。投票が済んでいない生徒は速やかに済ませ、体育館の暗幕の撤去作業を行う紅陽祭実行委員と、選挙管理委員を除く生徒は今日はそのまま帰宅してください」と告げ、生徒たちは三々五々に解散して行きました。
山本君たち実行委員とはあらかじめ打ち合わせであったのです。
また、年に2回の紅陽会役員選挙以外に唯一の仕事となる人気投票に関わる選挙管理委員会も、最後まで投票への立ち合いと、投票箱の回収がありましたが、開票作業は翌日以降に持ち越されることになっていました。
生徒たちのざわめきが残る中、アタシたち四役は生徒会室に戻りました。
そこで改めて孝一郎君から先ほどの怪盗Xの顛末が語られ、みどの掌の中にエメラルドが返されました。
その瞬間のみどの歓喜と涙を抑えきれない様子は今でも脳裏に焼き付いています。
「会長ありがとう!」
感極まったみどの声に
「いや、礼を言うなら野添の奮闘に対してだな!俺はただ茫然と見ていただけだからな」
孝一郎君はそう言うだけでした。
「野添君、本当に本当にありがとう」
みどの涙は止まることを知りませんでした。
「ようし、紅陽祭も終了したし、みどのエメラルドも戻って来たことを祝して乾杯しよう!菊田さん、すまないが澤村さんと二人で北口商店に行って生徒会費でジュースを買って来てくれ。」
孝一郎君が会計の二人にそう言いました。
紅陽会四役にはいくばくかの生徒会費が付与されており、皆の合意の元でそれを使うことができました。
もちろん誰も反対はしませんでした。
やがて学校前の米穀店である北口商店から二人はオレンジジュースであるプラッシーの瓶を5本抱えて戻って来ました。
「すみません会長、冷えたのが5本しか無くて……」
「いいさ別に乾杯するだけだから」
孝一郎君はそう言いました。
会計の二人が買い物に行っている間にアタシはコップを洗っておきました。
これは家が酒屋さんを営んでいる澤村さんが提供してくれたビール会社の販促用のガラスのコップ10個組みで、四役は7人ですが、一応10個全部を洗っておきました。おめでたいことの乾杯は何人でやってもいいものだと思ったのです。
するとそんなアタシの気持ちが伝わったのか、鷺舞先生が生徒会室に顔を表しました。
「おお、お前たち賑やかに何をやっているんだ?体育館の方はもうみんな終わったぞ!」
そこで孝一郎君が、先ほどからの一件を手短に語りました。
「先生、ちょうどいいタイミングでした。みどさんのエメラルド帰還を祝しての乾杯にお付き合いくださいませんか?」
そう言って先生の手にコップを渡すとそこにみどがプラッシーを注ぎました。
「お、おう、そうか。桑坂、なにはともあれよかったな!」
鷺舞先生は優しくそう言いました。
「それじゃあ、紅陽祭の成功と、みどさんのエメラルドの帰還を祝って乾杯!」
平君が乾杯の発声をしてアタシたちはカチンとコップを合わせました。元々ジュースはコップに半分くらいしか注がれていませんでしたからアタシたちは二口くらいでそれを飲み干しました。
「さあ、乾杯も済んだだろう?実行委員会も選管委員たちももう帰ったみたいだからお前たちも遅くならないうちに帰りなさい。それはそうと平、先ほどカメラが危なかったと言ったが大丈夫なのか?」
「はい。今日で紅陽祭は終わりですが、この後も人気投票の結果発表と表彰式にも使う予定なので置いておくつもりでしたが、今日のことがあったので持ち帰ります。これから第二理科室に行って持って来ます。そして施錠をして帰ります。会長付き合ってくれるか?」
「もちろんだとも。ああ、デコ、コップはそのままでいい。ついでだから俺と平であとのことは引き受けた。君たちは先に帰りなさい。もうみどは泣かないとは思うがよろしく頼むよ」
やっぱりこんな時にはこの二人は頼りになるわ。後のことは仲の良い孝一郎君と平君に任せてアタシたちは安堵の思いで学校を後にしたのです。