臓腑(はらわた)の流儀 その6
それからおよそ一ヶ月後。プラタナスの葉は落ち、木々はその醜悪な姿を舗道にさらけ出していた。
プルルルル
「ありがとうございます。クラブアンバサダー 加賀谷でございます。」
「あ、美樹ママか?襟原運輸だが。」
「あらエリーさんお久しぶりね。」
「いやぁママびっくりしたで。水島孝一郎さんから立派な招待状が届いたと思ったら、本人からもご丁寧な直筆の手紙をもらってな。」
「あらそうお。エリーさんの所にも行ったのね。」
「水臭いぜママ。水島さんとは古馴染みなんだってな?」
「ウチのケースケもそうよ。みんな中学の同級生だったの。」
「なんと社長もかいな?全然知らんかったわ!」
「エリーさんは彼とはどうやって?」
「取引のある大阪の同業者の社長の紹介なんだ。
ほら、俺んとこ結構な額を横領されちまっただろ? その件でわざわざ依頼したら、一発で経理の娘を突き止めてな。入社6年も経ってたから疑いもせんかったんだけど!」
「クビにしたの?」
「いいや、依願退職の扱いがいいって水島さんに言われてな。退職金まで出したわ!お母さんがどこかの婆さんはねて大ケガさせたらしい。治療費と慰謝料が保険では賄いきれなかったそうだ。」
「へぇ、エリーさん人情味溢れるのね。」
「いやぁやっぱり社内から縄付きは出したくない。金は返してもらうけどな。その子もまだまだ若いしな。それもこれも水島さんの入れ知恵だけどなぁ。」
「そんなわけだったのね。」
「それで、それから僅かしか経たんのに、この街で『水島孝一郎リサーチアイ・オフィス』開業のお知らせと来たもんだ。要するに探偵事務所なんだな?」
「そうらしいわね。こっちではまだ実績もないし、顧客もいないから、地味に事務所で御披露目パーティだけするそうよ。けどもちろん、ポートプラザホテルからケータリングは出すし、ウチの子達も並べるわよ。アタシも司会役なのよ。」
「へえそりゃ豪華だ。ありがたく招待をお受けするとするかな。花でも送っておけばいいのかな?」
「いいんじゃないかしら?加賀谷組とアンバサダーは花輪を頼んだわ。」
「あんたたちと同じレベルなんかできるもんか!水島さん、お宅にはよく行くのかい?」
「たまにね。けどエリーさんが連れて来てくれた時、25年ぶりくらいに顔を見てびっくりしたわ。エリーさん、感謝してるわよ。けど彼もっとお安いところがよろしいようよ。」
「お宅が高価過ぎるんだよ!」
「まぁ!けどまたいらしてね。」
「そう言われて断れる男がいるんだろうかなぁ?」
襟原の声は上機嫌のまま電話は切れた。
「善人だなぁ。ああいうのをカモにし続けて商売するのかよ?」小さなグラスでサッポロビールの中瓶を飲んでいたケースケが言った。
「馬鹿を言え!オメェらの商売と一緒にするない!」俺はそう応えた。
「けどああいう善人つーか、何にも考えないお人好しが一番適役なんだ。」
「適役って何だ?」
「目撃者さ。」
俺がグラスを空けると、すかさずミッキィがジョニ赤のボトルを手に取った。