臓腑(はらわた)の流儀 碧(みどりの涙 その3
ですから吹奏楽部はわが校のいわばエリート集団であり、実際に全道大会の時には、我が四役の菊田さんをはじめ、各委員会の長が集まる中央委員会はその構成員のうち結構な人数が吹奏楽部に在籍していたため、委員会活動も中央委員会開催も難しくなりました。
孝一郎君も「アイツらにそんなことをする意味、つまり動機だな、それが見当たらん。」と言っていました。
でも一抹の不安は、吹奏楽部1年生でパーカッション(打楽器)担当の男子斉藤君が、小学校の時にクラスで万引き騒ぎを起こしたことがあると、澤村さんが述べたことでした。
「ちょっと澤村さん、それ本当なの?」
帰迫したばかりの頃、生徒会室で経緯を説明していた菊田さんがそう詰め寄りました。
「はい先輩、本当です。あくまで噂だったので、本当のところは私にもわからないんですけど」
「なあにアレ?よくお笑いのネタになる、教室で誰かの給食費が無くなって、先生がクラス全員の前で『みんな目をつぶれ。』って言って、犯人に手を挙げさせるやつ?」
そう言ったのはみどでした。あんまり生真面目目そうにいうのでアタシはみどのその姿を見て吹き出しそうになりました。
「やめてよみど。そんなことしたって盗った子が正直に手を上げるわけはないし、目をつぶれと言われた生徒たちも絶対に何人かは薄目を開けて見ていたと思うわ。ねえ、孝一郎君、そう思わない?」アタシがそういうと彼は、
「いやうてな、俺は実際にそれを体験している。」
「ええっ、ホント?」
「ああ、確かあれは3年生か4年生だったと思うけどよく覚えてはいない。やはりお定まりの給食費盗難で、先生が「怒らないし、誰にも言わないからやった者は正直に手をあげなさい」と言って皆に目を瞑らせた。もちろん俺は薄目を開けて見ていたさ。けど誰も手をあげる奴はいなかった……」
それを聞いてアタシは今度こそ本当に噴き出してしまったわ。真剣な菊田さんと澤村さんの下級生コンビには申し訳なかったけどね。
「で、結局その犯人は誰だかわからなかったの会長?」
みどが孝一郎にそう訊ました。
「ああ、そうなんだが、どうやらそれは今5組にいる中田忠伸じゃなかったか?って噂されていた」
「中田君ってあの……?」
そう、5組の中田忠伸君は不良として知られていましたが、6組の折原博之君や7組の塚田真司君たちのように番長グループを組んでいる仲間とは別に、なんていうのかな?いわゆるチンピラの一匹狼みたいな感じの奴でした。
身体はそんなに大きくなく、痩せぎすで逆三角形の顔が小さく、ちょっと斜に構えたような態度でその三白眼の眼で下から人を舐めまわすように見上げるのでアタシは生理的に嫌いな男子でした。」
「ああ、さっき菊田が小学校の時に万引き騒ぎを起こした奴のこと言っていたけど、アイツもそれだったんだ。これは噂ではなくて、学校そばのヤマト商店で切り出しナイフを万引きしたんだ。俺はそれを当時アイツと同じクラスだった柔道部の堀北から聞いたことがある」
「それなら僕も聞いたよ」
現在中田君と同じクラスの平君が言いました。
「しかも本人の口からさ。アイツは悪びれるどころか自慢するように話していたっけ」
そんなアタシたちでしたが、先刻生徒会室にやって来た鷺舞先生から、明日の全校朝礼で、紅陽祭を控えて皆どこもなく浮き足立っているし、展示や模擬店の準備、さらにアラビアンナイトの仮装に向けて、いろいろ資材を購入したりする必要から、普段は禁止されている財布の持ち込みなども特別に許可されているから格段の注意を促すよう会長の孝一郎から訓示するように言われて、朝礼の司会役のみどと孝一郎もぐっと引き締まった面持ちになりました。
そして翌日、全校朝礼で、校長先生の退屈な訓話の後で、司会のみどにうながされて登壇した孝一郎君は開口一番「怪盗Xは君の後ろにいる!」ってキッパリと言い放ったものですから、退屈な校長先生のお話からずっとざわめいていた生徒全員が固唾を飲んで彼の話に聴き入ったわ。なんだかんだといって、人の心を一瞬で掴むのは上手いわね。これがカリスマ性って言うのかしら?
それからは、紅陽祭に向けて気の緩みに気をつけて、盗難被害に遭わないように気をつけようと、うまくまとめてステージを降りました。彼はいつものことながら原稿などを読み上げるのではなく、毅然とした態度で話し終えたのです。孝一郎君は中学生でありながら、すべてのスピーチをアドリブでこなすことができましたし、時には情熱的に激しい手振りを加えて話すこともあり、鷺舞先生がよく「お前は本当に演説が上手いよなぁ!」と感心するほどでした。
挨拶が終わり、四役の位置に戻って来た2人でしたが、みどが「やるじゃない?」と小声で言って孝一郎君を肘で小突くと彼は「イヒヒ」としてやったりの顔で笑いました。このコンビの軽さはなんなのでしょう?孝一郎君はアタシとみどのことを凸凹コンビと呼びますが、この2人だって似たようなもので、その関係性が今ひとつわかりません。
そういえばこんなことがありました。
まだまだ紅陽祭準備がそんなに忙しくない時のことでした。私たちは個人的な事情がない限り、放課後はなんとなく生徒会室に集まるようになっていました。
もちろん月に何度も中央委員会をはじめとして会合もあったのですが、それよりもなんとなくウマがあったアタシたち7人は用事もないのに集まって駄弁るのが楽しみでもありました。
ある日、平君が何事か考えながら「僕の前に道はない」とつぶやいたのです。
「ああ、高村光太郎の『道程』ですね?」と菊田さんが言いました。
「3年生はもう進路のことでいっぱいですね?先輩方は受験はどこを目指されるんですか?」
「僕は高専を目指そうと思っている。写真屋の後継ぎだから学歴なんかはいらないけど、あそこならやりたいことがありそうな気がする」
平君は写真館の一人息子です。平写真館は卒業文集に掲載する写真撮影をまかなっており、修学旅行などには彼のお父さんが同行して記念撮影を行なってくれるのが恒例行事になっていました。
「高専って、確か5年制でしたよね?5年も勉強するなんてキツそうだなぁ」
そう言ったのは野添君でした。
「でも高卒後大学に行くことを思えば短いさ。それに高専を卒業すると準学士という称号が与えられるし、その後専攻科に進んでそこを出ると大卒と同じく学士号を授与されるんだ。僕はそうまでする気はないけどね」
「会長はル・カーレですか?中央高校ですか?」
「とりあえず両方受けるだけは受けようと思っている。みどは中央は受けないのか?」
「私はそんな頭はないよ。東照にしようと思ってるの」
「あそこはいいよなぁ自由そうで。みどが行ったらモテモテだぜ!」
「でも東照は女子の方が多いのよ。男子の方が困らないって聞いたわ」
「うてな先輩はどうするんですか?」
アタシに聞いたのは澤村さんだった。
「アタシ?アタシはいいとこ西綾かなぁ?公立に受かる自信なんてないけど」
やはり後輩たちも進路については今から気になっているのでしょう。高校でもバレーをやりたい野添君は私立の迫館健斗に行きたいらしいし、菊田さんと澤村さんもおそらく中央進学に違いないわ。だいたい四役に選ばれる人たちは基本的に優等生なんだ。なんかアタシだけ醜いアヒルの子になったような気分になっていたら、みどがそれをそれとなく察知したのか、とんでもないことを言い出しました。
「そういえば、『どうてい』って、別の意味もあるわね?」
「ぶぶっ!」
平君が噴き出しました。
「おお、僕の道はみどに繋がっているのかな?その時はよろしく頼む』
と、孝一郎君。みどは笑いながら
「ま、その時が来たならね!」
どこからどう見ても優等生で美少女のみどが、まだ中学生だというのにこんな露骨な冗談をさらりと孝一郎君とやり取りしていました。
「お、うてなは赤い顔してんぞ。澤村なんかきょとんとしてんのに!」
孝一郎がそう言ってアタシを冷やかしました。みどまでが手を叩いて笑っていました。
ホントどうなってんのかしら?この二人⁉️
話がまたまた脱線してしまいました。