臓腑(はらわた)の流儀 碧(みどり)の涙 その4
そしていよいよ紅陽祭を2日後に控えた日、紅陽祭実行委員会の奮闘によって、アタシたちのアラビアンナイトの仮装の衣装が出来上がりました。図書室で「千夜一夜物語」を借りてイラストなどを参考にして皆頑張りました。
それから本番に向けて衣装合わせをすることになりました。
生徒会室は手狭なので、平君が科学部の部室として使っている第二理科室を使わせてくれることになりました。平君は科学部の部長です。
第二理科室は大教室の中に実験で使う化学薬品がこぼれても腐食しないように天板にステンレスを貼った大机が並び、その化学薬品や天体望遠鏡などを収納してある所蔵庫が別室として付いていましたから、男女別の更衣室としても使わせてもらうことができました。
シンドバッド役の孝一郎君やアラジンの平君、アリババの木田君は、頭に長いターバン風の布をを巻き上げてヘアピンで留めて、下は緑色のジャージに上は白い長袖の体操服を着て、薄い生地で作ったカラフルなベストを着けました。
私たちの中学では入学年度によって学校指定のジャージの色が違い、私たちは1年の入学時に緑のジャージを購入しました。それを3年間ずっと着ています。同じように現2年生はえんじ色の、1年生は青のジャージです。つまりジャージ姿を見ただけで、学年がわかるという仕組みでした。
ランプの精役の野添君は2年生なのでズボンはえんじ色でしたが、上半身は裸にやはり短いベストを着ていました。身長180センチの大男ですし、男子バレー部のエースですから、それだけですごい迫力でした。
すごいといえば、千夜一夜物語の語り手であるシェエラザードのみどでした。
なんと、下は紺のブルマに上は半袖の白い体操服を胸元までたくし上げたヘソ出しスタイル。そこに身体全体を覆う薄緑色のベールを纏って、小道具係りが作ったボール紙に金紙や銀紙を貼った小片を沢山付けた腰蓑や冠を着けて、まるでテレビで見たことがあるエジプトやトルコのベリーダンサーのようでした。
みども身長が170センチ近くあるので、中学生にしてはとても色っぽい姿で、女子のアタシですら見惚れてしまうくらいでしたから、孝一郎君や平君の冷やかし方はそれも凄かったです。
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モルジアナのアタシやドゥルバルドゥールの菊田さんはさすがに恥ずかしくてそんな大胆な格好はできませんが、やはりベールを腰に巻いたり頭から被ったり、それなりにアラビアンナイトの雰囲気が感じられました。
さらに特筆すべきはアラジンの宿敵となる魔法使い(そんなキャラクターがあるなんて知らなかったけど)に扮した文化委員長の山本君でした。
彼だけは学生服の上下、つまり黒づくめの格好で、やはりボール紙で作った不思議な形の帽子を被り、同じくボール紙で作った不気味な仮面を着け、ドラキュラが着るようなとても大きな真っ黒な生地で作ったマントを羽織っていてこれも雰囲気バツグンでした。
「ちょっとみんな見て見て」
みどがそう言って一度収蔵庫の女子更衣室に行ったかと思うと、首から鮮やかに輝く緑色の宝石のペンダントトップの付いたネックレスを掛けて出て来ました。
「おお〜つ!」
皆んなの口から一斉にどよめきが漏れました。
「ちょっ、ちょっと、みど何それ?」
アタシが思わず口に出すと孝一郎君が
「すげぇな、エメラルドかい?」
男子のくせに宝石まで詳しいのかしら?そこまで物知りだとイヤミだわね。
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「まさかぁ!人工エメラルドよ。パパから今年の誕生プレゼントにもらったのよ。エメラルドは私の誕生月5月の誕生石なの。それで5月10日生まれの私にみどりって名前を付けてくれたんだけど。
パパは今はこれで我慢して、本物はみどりが大人になったら恋人に買ってもらいなさいなんて言ってたわ」
「じゃあ今から宝石店に予約しておくか……」
孝一郎君がまたさらりと冗談を言いました。
「嬉しい会長、約束よ」
みどもノリノリです。
「けどみどさん、そんな物本当に大丈夫なの?」
目はみどに釘付けのまま平君が訊きました。
「パパの話だと買っても1万円くらいの安物らしいわ。ものすごくキラキラ輝いているけどね。
それに今日はお披露目だけ。もちろん持って帰るし、本番の当日にしか着けないわ」
「そしたらみんな揃ったところだし、それぞれ記念撮影をしよう」
平君がそう言って卓の上に置いてあったカメラを取り上げたわ。写真館の息子の彼は特別に扱いに注意することを条件に鷺舞先生から、紅陽祭におけるカメラマンの役割を許可されていたの。仮装の制作中から時折りその様子を撮影していたわ。
アタシたちは彼に促されて一人一人思い思いのポーズを取って記念撮影に応じたわ。
ここでも孝一郎君と平君がエロティックなみどにばかりあれこれと注文を付けていたわ。
「もっとみど、身体を仰け反らして胸を突き上げるんだ!腰ももう少しくねらせて。君は自分で思っているよりおっぱいは大きいんだから!」
「なぁに会長、見たこともないくせに⁉︎」
「いや、修学旅行の時に風呂を覗いたような気がする」
さすがのみどもこれには噴き出して
「バカばっかり……」と思わずポーズを崩しました。
「ちょっと2人ともふざけないで!」
平君が大声でたしなめました。
「誰か窓の暗幕を半分だけ閉めて、光源がみどさんの右から当たるようにして!」
平君は本職のカメラマンそのものよ。お父さんの様子を小さい頃から見て来たもんね。
アタシたちがお騒ぎしているところに鷺舞先生がやって来たわ。
「おお、やってるな⁉︎生徒会室に行ったら「『第二理科室にいます』って貼り紙が残されていたから何かと思ったら、皆んな凄いじゃないか?おい桑坂、それは何だ、そんな物を許可した覚えはないぞ!」
先生は早速みどのペンダントを見て言いました。
「先生、僕たちも今それを言っていたところです。イミテーションだそうですし、桑坂さんもこれから許可を取ると言っていたところでした。今日はわれわれだけのお披露目ということで本番当日しか身に付けないそうですし、彼女のことですから心配することも無いと思います。僕からもお願いします。どうぞ当日だけ持ち込みを許可してください」
孝一郎君がひたすら下手に出て懇願します。この辺の如才のなさは社会人並みだと思ったわ。けど、人工エメラルドってイミテーションってことなのかしら?
「まぁ桑坂のことだから間違いはないと思うが、本当に開会式だけだぞ。くれぐれも注意してな!」
言われてみどもしおらしく頭を下げて
「先生すみません報告が遅くなりまして。気をつけます。水島君もありがとう」
「それから平、そのカメラも大丈夫なんだろうな?それはお父さんのじゃないのか?」
「はい。元々は父の物でしたが古くなったので僕がもらったのです。そんなに高価な物ではないそうですし、この理科室に保管して鍵を掛けておきます。科学部員は皆信頼の置ける奴らばかりですから安心です」平君はそう言って胸を張りました。彼も孝一郎君よりは小柄で押しは強くはないのですが、芯の強さは引けを取りません。
「そうか、くれぐれも理科室の施錠だけには注意しろよ」
鷺舞先生はそう言いました。
この学校では玄関や校長室、保健室、吹奏楽部の楽器などが仕舞ってある音楽室など、重要な部屋の鍵は職員室奥の金庫の中に保管してありますが、第一第二理科室をはじめ美術室や図書室、そして生徒会室などの鍵は職員室入ってすぐのキーボックスにそれぞれ吊るされていました。ちなみに生徒会室の鍵は四役がそれぞれ合鍵を一本ずつ持たされていました。
「ところで先生、何か用事でもあったんですか?」
安心したかのようにみどが訊くと鷺舞先生は
「それが、吹奏楽部の盗まれた財布が見つかった」
と驚くべきことを言いました。