臓腑(はらわた)の流儀 忘却の仇花 その2

クラス会は盆の最中の土曜の夜に決まった。盆中なんてという声もあったようだが、先生の都合の良い日を最優先させた結果だった。
 そもそもこんなものは日程だけ無理にでも決めて、それに各人都合を合わすのが一番だ。
 そして会場は、加賀谷組がやっている(やらせている)話題のモツ鍋屋に決まった。
 ケースケとは、小学校が違ったので、奴はこのクラス会と直接の関係はないが、なにかミッキィの罠に嵌ったような気がする。もちろん『アンバサダー』と、姉妹店『ノーマ・ジーン』を仕切るミッキィがモツ鍋屋の店に立つわけはないのだが、水商売のやり手のママとはこういうものかと納得する。
 どうやら幹事に加わったらしい花屋の久美子やヤッコも初めからこの評判のモツ鍋屋を当てにしていたらしい。急ぎの仕事に追われていたわけではない俺にもちろん異存はなかった。

 小学校近くの商店街で長く地元密着の商売をしている久美子の人脈と地域情報量は群を抜いていて、次々と昔のクラスメイトの連絡先を突き止め、電話をかけまくっていたようだ。
 卒業文集に住所と電話番号が記載されていた当時の実家が残っていたケースもままあり、そんな所に電話して来た相手が、興信所や探偵事務所の者と名乗るより、地元では誰でも知っている花屋の名前を出す方がずっと警戒されないに決まっている。たとえ本人がもうその家に住んでいなくても、家族が、同級生に花屋の娘がいたことを覚えている場合もあったようだ。

 そんなこんなで、やっぱり俺にもどことない期待感が募ってきた期日1週間前の土曜日、これもお馴染みの田中ノブオから携帯に電話がかかって来た。
「孝一郎、お前も当然出るんだよな?」
「ああ、ミッキィから早々に念を押されたし、ミッツに会ってみたいとはずっと思っていた。」
「6年5組の龍虎と呼ばれたお前たちだからな。また二人が並び立つのを見るのは俺も楽しみだ。ジンの顔も変わらないでいるといいんだが。」
「顔はともかく、アイツまだ小さいままなんだろうな?」
「馬鹿か孝一郎、高校卒業するまで身長160センチ足らずだった男が、いまさら大きくなってるわけないだろ⁉︎」
「高校卒業?お前ジンと同じ高校だっけ?」
「いや、俺は西陵じゃん!ジンは極星だったはずだ。バスで何度か見たことがあった。」
「そうか、極星ね。」
「確かアイツ高校の時ヤンチャして、危うく退学になる所を何とか停学だけで免れて、ようようのことで卒業したって、当時風の噂で聞いたことがある。」
「ヤンチャって?」
「カツアゲでパクられたとかって…」
‘カツアゲ?アイツそんなワルだったか?」
「いや、ガキん時はどっちかっていうと、虐められるタイプだったよな。あんな事件もあったし!」
「事件…事件ね、ああアレか⁉︎」
「アレがトラウマになってちょっとひねくれたらしい。中学くらいから少し見た目も不良じみて来たが、ああ、お前は模範的な生徒会長だったから気づかなかったか?ジンは中学ではクラスも違ってたしな。」
「そうか、それは初耳だな。」
「まぁ昔のことだ。アイツも気に病んでるとまずいから会った時にあまりそれには触れん方がいいかもしれんな?」
「ノブオ、お前いつからそんな人の痛みがわかる人間になった?大衆から血税を搾り取る税務署員のセリフとは思えないんだが。」
「バッキャロ!孝一郎テメェ殺すぞ!」
「悪ィワリィ、冗談だよ。」
「ワルって言えばよ、来週は、折原も来るっていうじゃないか?」
「オリハラ?あの折原博之か?」
「なんだミッキィから聞いてないのか?俺はヤッコに聞いたぜ!よく俺なんかに声をかけてくれた。喜んで参加するって張り切っていたって。」
「アイツ、あいつは何してんだ?」
「極星まで落ちて、高校には行かんかった。確か職訓(職業訓練校)行って、左官に弟子かなんかに入ったがそれも長続きせず、トラック運転手になった。昼間はトラック乗っていて夜は暴走族だった。アイツこそ本物のワルだった。今では自前のトラック転がしてるんだと!」
「そうか、それは意外な顔ぶれになりそうだなぁ」
「男は俺と孝一郎、それにジンと折原、そして佐賀センセイと、木下先生の6人。女はヤッコにミッキィに花屋の久美子。あとは佐々木貴子、室井真弓、土田美恵子、村山美保で7人だって言ってた。バランスは悪くないな。」
「うう…ばばっと名前挙げられてもすぐには思い出せんが、なんか波乱の予感がするなぁ」
「お前が大人しくしていたらなんてことないさ。また警察沙汰はゴメンだぜ!」
2年前の俺の開業式の事件の現場にミッキィやヤッコたちと居合わせたノブオは電話越しに笑いながらそう釘を刺した。

 けど、なんか波乱の予感がした。

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