臓腑(はらわた)の流儀 碧(みどり)の涙 その8
翌日、最終日と、3日間の紅陽祭は慌ただしく過ぎました。
アタシはクラスの(主に男子が)主催していた射的屋を覗いたり、手伝ったりしながら、書道部の習字パフォーマンスなどに出たりとそれなりに楽しく充実した時間を送っていましたが、心のどこかでみどのエメラルドのことが引っかかっていました。
彼女も普段通りに振る舞ってはいましたが、時折り寂しげな表情を浮かべることもあり、心ここに在らずという感じでした。
でもバスケ部主催による3ポイントフリースロー大会の運営などにも関わっていましたので、束の間心の隙間を埋めることはできたようでしたし、紅陽祭実行委員会副会長として、様々な些細なトラブルや問題点の相談に追われたりしたのも逆にいつものみどを取り戻すのにはよかったのかも知れません。
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2日目も無事にすみ、最終日の3日目、イベントのトリを飾って演し物の人気投票が行われました。
これは毎年行われている紅陽祭期間中に開催されたイベントの人気投票で、今年は実行委員会のアラビアン・ナイトも演し物に入っていましたので、私たちはまたあの仮装をしてステージに並んで挨拶をしました。
みどはエメラルドが無いので参加には消極的でしたが、事前人気と評判が凄まじかったので、無理にも参加しないわけには行きませんでした。
舞台挨拶は開催順に行われましたので、アタシたちは一番最初にそれを済ますと、急いで着替えて部活のイベントでの挨拶に臨みました。
アタシはセーラー服に着替えましたが、みどは部活のユニフォームでした。
孝一郎君もシンドバッドから柔道着に着替えて、さらに学生服に戻るなど大変でした。彼は最後に閉幕の挨拶もあったので、柔道着のまではいけなかったのでしょう。
その最後の着替えの時に今度は平君のカメラの盗難騒動が起こったのです。
閉会式での閉会宣言は実行委員会会長の孝一郎君の役割りでしたが、一応四役と文化委員長と副委員長も壇上に並ぶことになっていました。
そのため学生服に戻る孝一郎君と一緒に平君、野添君、そして山本君たちも連れ立って第二理科室に一旦退きました。
平君は科学部の部長として白衣を着て舞台挨拶に立っていましたし、やはりユニフォームの野添君も着替えをしたそうですし、文化部長の山本君もついて来たそうです。
アタシたち四役女子はみどだけが、ユニフォームからセーラー服に戻る必要がありましたが、これも連れ立って生徒会室に戻りました。吹奏楽部の菊田さんも、珠算部の澤村さんも、仮装の後はずっとセーラー服でいたので着替えの必要はもう無かったのですが、みどがやはり先日の事件の後は、一人になるのが怖いというのでゾロゾロと付き合って行動したのです。
ここからは孝一郎君からのまた聞きです。
孝一郎君たちがおしゃべりしながら第二理科室の中に入って行くと、中で何かが動く気配を感じました。
それは、どうも一番奥の卓の陰だったように思った一堂が、ピタリと口をつぐんで一緒躊躇して立ちすくんだその時、それは不意に卓の陰から立ち上がりました。
そいつは手に平君のカメラを持っている、仮面を着けて真っ黒なマントを羽織った魔法使いの仮装をした人物だったのです。
「と、豊信……」
孝一郎君の口から訝しんだそんな言葉が漏れた時、
「俺じゃないよ!」
山本君は自身でそう言うのがやっとだったそうです。
「怪盗Xだ!」
山本君がそう叫びました。
誰もが一瞬現実が理解不能で凍りついたようになった時に、魔法使いは脱兎のごとく駆け出したのです。
持っていたカメラを卓の上に置くと、身を翻して集団となって立ちすくんでいる孝一郎君たちの間をすり抜けるように教室入り口から廊下に躍り出ると、そのまま二線校舎の廊下をマントの裾をなびかせて、疾風のように走り去って行ったそうです。
「待てっ!」
そう叫ぶや否や、野添君が巨体を躍らせて後を追います。さすがに男子バレー部のエースです。その反応速度は誰よりも速かったそうです。
「おい野添、気をつけろ危険な真似はするな‼︎」
ここでようやくわれに返った孝一郎君が大声で叫びました。
その頃にはすでに加速した野添君にはその声が届いたかどうかはわかりませんでした。
そして反応が誰よりも早かったとはいえ、当初の躊躇していた分、前を走る怪盗Xとの距離は開き孝一郎君たちが見つめる中でXは校舎2階の付きあたりの階段の手前で折れ、その階段を駆け下りて行ったようだったということでした。
野添君の脚がいかに速いとはいえ、階下に逃げられてしまっては、逃走経路も幾通りもあり、一人で追跡するのは困難だと思われた時、息せききった野添君が戻ってきました。
「だ、ダメです。逃げられました。下までは追ったのですが、奴はそのまま生徒玄関から走り出て行ってしまって見失ないました……」
「そうか、それ以上は追わなかったんだな?」
「はい、途中で奴がこれを落として行ったものですから、拾っているうちに手間取ってしまって……」
そう言いながら野添君が開いた掌の中には、あのみどのエメラルドが入っていたのです。