臓腑(はらわた)の流儀 その3
すっかり出来上がった襟原をタクシーに押し込んで、ホテルの部屋に戻ったのは深夜2時すぎだったが、電話をしてみるとワンコールで彼女は出た。
「よぉミッキィ」
「ああ、孝一郎君!やっぱり変わってない。」
「そんなわけあるかい?ケースケは元気か?」
「2年前に心臓カテーテルをやったわ。けど、おかげさまで今はうんざりするほど元気よ」
「そうかい。ケースケに最後に会ってからもかれこれ20年にはなるな?」
「アタシとはもっとよ!」
「玉の輿がすっかり板についた…ところで思わせぶりな名刺にはどんな意味があるんだい?」
「ちょっと力に乗ってほしいことがあるのよ。」
「なんだい?あんたの上にだったらいつでも乗ってやるよ。」
「馬鹿ぁ!違うわよ。裕美子おぼえてるっしょ?瀬戸裕美子」
「瀬戸かぁ?」
「何よ水臭い。好きだったんでしょ。」
「俺はあんたの方が好きだったんだけどな」
「知ってたわ。昔から気が多いんだから。で、その裕美子なんだけど、今ちょっとヤバいのよ。シンジ覚えてるわよね?あんなことがあったし…」
「ああ、アイツに衆人環視の前で殴られた屈辱は忘れられるもんか」
「それに裕美子を助けたじゃない?」
「そんなこともあったな。」
「その裕美子がまたシンジに付きまとわれてるのよ。」
「ストーカーなら探偵より警察だぜ。」
「ううん、ストーカーってより体のいいヒモね。裕美子の方も切れないの。」
「切れないのって、いったい何年経つと思ってるんだ?大体。もうガキじゃないし。」いかん、スマホを持つ手が汗ばんできた。
「若◯町の湊町小路の朋っていうスナックでチーママやってるの。明日にでも様子見に行ってくれないかしら?」
「明日、いや今日は先約がある。が、約束するよ。」
「さすがアタシのこうちゃん!」
「なーにがアタシのこうちゃんだ!あの頃はそよともなびいてもくれなかったくせに。」
「そういえば、生徒会公認の彼女、みどりさんはどうなったのよ?」
「ああ、あんたとは別の意味で驚くような出世して、今じゃ一部上場企業の地方支店長だそうだ。日本に5人とはいない女性支店長だ。しかも彼女は高卒だ!もう俺ごときの手の届くオンナじゃなくなった。」
「こうちゃん、アメリカあたりでフラフラしてたから逃げられたんでしょ?」
「フラフラとはご挨拶だなぁ」
「だって、あなた死んだって噂も聞いたわ。」
「泣いてくれたのかい?」
「馬鹿ね。女の本気がわからないから美貌の副会長に逃げられるのよ!」
「もういい。失恋の話を懐かしみに帰ってきたわけじゃない。ところでよ、」
「何?」
「その朋だっけ?仮に裕美子かデブシンジとトラブっても迷惑かからないか?」
「大丈夫。そこもウチの持ち物よ。」
「了解。それじゃ、そこに行ってみて、なんかあったらまたあんたの店に顔を出すよ。」
こうして電話を切った俺は、3日後に約束通りシンジをノックアウトすると、開店を待ってアンバサダーのドアを開けた。