小田川クソ小説 第12話 「ピアノ」
部屋の窓から広がる日差し。秋の涼しさもあり、今日もぐっすりと眠る事が出来た。
前に勤めていた会社がかなり陰湿で、モラハラを喰らい会社を辞めて、田舎の実家の空部屋で半年間のびのびと暮らしてきた。心身ともにすっかり元気なのだが、自分自身、もう社会人は不向きなのではないかという不安もあり、なかなか行動に移せなかった。
父や母からの『ゆっくりで良いから』という声に助けられてはいるが、自分自身も焦りがあり、逆にそちらがフラストレーションになっている現状だ。『焦り』というのは大変良くないが、自分自身の有り余ったエネルギーがよりその感情を駆り立てるのであった。
とりあえず体を起こし、朝食を食べに下の階に降りた。「おはよう。もう結構元気そうね」と母は言いつつ、ご飯と目玉焼きと塩昆布を私の前に置いた。
私は「いただきます」と言い朝食をいただく。心身の限界で実家に来た時は安心感で、胸をなでおろしながら食べた朝食も、今では当たり前の物となっていた。
「焦っているの?」
母の言葉に私はコクリと頷いた。
「離れの家にアップライトピアノがあるでしょ?短期間でも良いからピアノレッスンでも開いてみたらどうかしら?」
「えっ、私が?」
私は急な提案に吃驚した。
「典子昔からピアノが好きで毎日弾いてたじゃない。それに高校の時も学校の催しで弾いてたじゃない。」
「……でももう私そんなに自信ないなぁ。」
「なんでよ。ピアノ大好きじゃないの。好きを仕事に出来るか試してみない?お母さん応援するわよ」
「……そこまで言うなら軽くやってみようかしら。」
このまま生活しても職を探すあてなどなかった私は、信頼している母に言われるがままに従った。そうと決まれば母はピアノを調律して、部屋を綺麗にしてレッスンルームを整えてくれた。私は思い出そうと必死に一週間ピアノを練習した。確かに弾いているとどんどん楽しくなって、時間を忘れてしまう事もあった。
そしてレッスン当日。私は緊張していた。本日は生徒が一人、体験レッスンに来るのであった。22歳で保育士を目指している青年らしい。
「ほら!緊張しないで。典子らしく堂々と教えたらいいのよ!」
母は喝を入れてくれた。
「分かってるけど……大丈夫かなぁ。」
「……典子、玄関見てみて。」
私は玄関先に降りてみると表札の下『のりこ ぴあの教室』という母手作りの看板がぶら下がっていた。
「一週間内緒で作ってたのよ~!これからは典子らしく好きな事で生きていきなさい~!」
私は嬉しくなって感極まって涙してしまった。レッスンは13時から。確かに怖いけど私らしく頑張る事にした。
一方その頃......。
「どうもーーーーーー!!最強ミュージシャン集団、エキセントリックミュージックチャンネルのタクです!!」
「ミノルです!」
「ジョーです!」
「コウタです!」
「さて今回はですね。『田舎のオープンしたてのピアノレッスンにプロをレッスン生として送り込んでみた!』という動画を録ります!!」
「おおぉ、やべーよやべーよ!!」
「音楽の大学を首席で卒業して、ヨーロッパ、アメリカ、アジアでコンクールを金賞を受賞している私がですね……」
「うんうん!!」
ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド か ら 真 面 目 に な ら い ま す 。
「うおおおおおお、やべええええええ!!」
「大体普通のレッスンで最後簡単な曲を弾くのですが……!」
「うんうん!!!!!!!」
・幻想即興曲(ショパン)
・月光第3楽章(ベートーヴェン)
・トルコ行進曲(モーツァルト)
・アラベスク(ドビュッシー)
・ピアノソナタ テンペスト第一楽章(ベートーヴェン)
・エリーゼのために(ベートーヴェン)
メ ド レ ー で 弾 き ま す
「うおおおおおおおおおおお!!!最高すぎる!!!」
「これは先生の顔が見ものだね笑」
「果たして先生はどのような反応をするか!!では参りましょう!」
「オウッ(オットセイの真似)」
ピンポーン
ドアのインターホンが鳴った。私は「よし」と小声で言って扉を開けた。いかにも爽やかな青年が入って来た。
「本日はよろしくお願い致します。」
そういって彼は、レッスンを受けに来た理由を私に淡々と話してくれた。ハキハキと話せる人でやる気を凄く感じた。
まず最初にドレミファソラシドの運指を教えた。
「そうですね……左手の親指を真ん中の"ド"に添えて、人差し指、中指...と順番に動かしていく感じです。」
そう教えると彼は綺麗にドレミファソラシドと指を滑らかに動かした。
(......上手!この人、素質あるかも)
「凄く上手ね」
「いやぁ、先生の教え方が上手なんで...!」
(そうか……私の教え方もこれであっているんだ!)
私もだんだん自信が付いてきて、彼を引っ張るようにしっかりと指導した。
そしてレッスンも最後の「かえるのうた」を演奏するところまで来た。
「では、自分の好きなテンポで良いのでゆっくり演奏してみましょう。」
「はい!先生!では聴いてください!」
♪ 幻 想 即 興 曲 (ショパン)
「えぇ......。」
突然表情を変え、早すぎるテンポでクラシックを弾き始めた。そこからもショパンやベートーヴェンをメドレーで弾き始めた。私は何が何だか分からなくなりポカンとしてしまった。
「先生!!連弾!!連弾!!コラボしましょう!!」
私に連弾を誘ってきた。パニックになりながらも必死に喰らい付いたが、正直腕について行けずお粗末なものとなった。
ジャーン!!
最後のキメもミスタッチして、不協和音を出してしまい、微妙な空気になった。
「はーい、どうも!!失礼します~!!!」
赤髪や金髪の派手な服装を着たお兄さんたちが、『ドッキリ大成功』の看板を持ってぞろぞろと教室に入って来た。
「という訳で今回のドッキリは『田舎のオープンしたてのピアノレッスンに、プロをレッスン生として送り込んでみた!』でしたー!!先生!!感想の程をよろしくお願い致します!!」
「えっ...あ、びっくりしました…。」
「はい!ありがとうございます!!んじゃ先生、看板持ってください!!カメラに向かって!!」
「「「ドッキリ!大成功~!!」」」
私はなされるがままだった。
「…はい、OK。撤収。」
そう言って彼たちは急に静かになり、そそくさと返る準備を始めた。
「……あ、あの、」
「え、無料体験レッスンですよね?」
「……」
「はい。」
ガチャン
私は引き止めようとしたが、彼らは帰っていった。
「典子がんばってるかしら~。スーパーでプチシュークリーム買ってきたから差し入れしよ~。」
母がスーパーから帰って来て離れの玄関を見てみると、看板が無くなっていた。
「えぇ。」
母はピアノ教室をのぞいてみたが誰もいなかった。
どこにいったのだろうと思い、家の典子の部屋へいくと、扉の前に、踏みつぶされて粉々になっていた看板があった。
「ええ!!?ちょっと!!典子!!どうしたのよ!?看板こんなにしちゃって!!」
「もういい…もういいもういいもういいもういいもういい!!!!!!!!!あああああああああああ!!!!!!!!!!!」
私はとてつもなく悔しかった。自分の第一歩をオモチャにされた事と、それに対して怒ったりする事が出来なかった事。背中を押してくれた母へ対しての自分の不甲斐なさ。
……そもそもこんなことで辞めてしまう私がレッスンを開く事自体が間違いだったのだ。あの人たちは私に身をもって教えてくれたのだ。
1ヶ月後、彼らの動画はアップロードされ、400万再生を超えた。一番上のコメントにはこう書かれてあった。
"ドッキリの後にショックで閉業しててワロタ"
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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