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小田川クソ小説 第9話 「JUMP」

厨房に金具の音が延々と響き続く。僕は、この幼い頃からある、商店街の中華料理屋『野澤飯店』で働いて3年、時給650円で頑張っている。
少し安いが、のろまで鈍臭い理由でバイト先を何回も辞めた僕を、大事に雇ってくれる優しい店長だ。そんな店長がある日、僕にこう言った。

「俺なぁ、3ヶ月後の地方のスキージャンプ大会に出よう思ってんねん。」

急に何を言い出すのかと思った。

「そうなんですか?ジャンプ出来るんですか?」

僕は聞いた。

「俺が23か24の時やったかなぁ。一時期ハマってやっててん。良かったら見に来てや。」
「分かりました。頑張ってください!」

「……おい、何喋ってんねん。黙って手動かせや。」

店長はキレた。当たり前だ。僕が話に夢中で手を止めたからだ。
僕は即座に謝って仕事を進めた。店長は宇宙戦艦ヤマトの鼻歌を高らかに歌っていた。

そして本番当日、スキージャンプ会場に応援へ向かう時、店長から一本の電話がかかって来た。

『俺な、朝から身体が一個も動かへんわ。』
本番2時間前なのに家から一歩も出てないらしい。

「えっ……棄権しはるんですか?」
『いや、お前が出ろ。』

……何を言っているのかさっぱり分からなかった。

「どういうことですか?」
『お前が野澤という事でエントリーしろ。』
スキージャンプどころかスキー自体も初心者の僕には到底出来る訳無かった。

「ちょっと待ってくださいよ。いくらなんでもそれは無理ですよ。」
『何?雇い主のいう事が聞かれへんの?クビにされたいん?』
今の仕事をクビにされてしまうと、僕は働き口を失ってしまう。僕は渋々OKした。

『あとお前、"棄権するのか"とかあんま失礼な事言うなよ。雇い主への口の聞き方気をつけろよ。』

ガシャン

僕は全力で走って会場へ向かった。

会場へ向かうと係の人がボードを持って選手の確認をしていた。その人に『野澤です』と伝えると係の人は鬼の形相で怒鳴ってきた。

「こんなギリギリまでどこに行ってたんですか!?!?」
到着したのが本番30分前だった。怒るのも当たり前だ。普通の選手なら、家を出発した時間には点呼を済ましてアップをしている時間だ。

「エントリー済まして早く着替えてください!!」
ウェアを持っていなくて頭が真っ白になった。

「……あなた、もしかしてウェア持っていないんですか??」
「はい……。」
「……はやくレンタルして速攻来い!!!!!馬鹿!!!!!」

係の人はブチギレてボードを下に叩きつけた。僕は泣きながらレンタルウェアを着て、エントリー代を支払った。何から何まで借りたのでトータルで5万円ぐらい掛かった。(板も特注物)
一応予行練習で1本ジャンプする時間があったが、死期を早めるだけなのでパスした。
開会式も終え、現場はお祭りムードであったが、僕だけ青ざめていた。

「さーて!!それではさっそく男子からスタートです!!」
……もう限界だ。そもそもなんで店長が勝手にエントリーして、棄権したスキージャンプに出る必要があるのだ。僕はスキー用具一式を外し、人込みに紛れて逃げようとした。

「おぉ!!野澤!!もうすぐやな!!頑張れよ!!」
店長とバイト先の先輩がごぞって応援に来ていた。
……なんで家で寝ている店長がいるのか。なんで平然とした顔でバイト先のみんながいるのか。

僕は足を震えさせながら大声で怒った。

「ふ、、、ふざけないでください!!!店長!!!責任もって出場してくださいよ!!!」
「誰に向かって口きいてんねん。殺すぞ。」

店長は睨みながら胸ぐらを掴んできた。

「僕が出るのはおかしい……エントリー代も払って……沢山の係の人に怒られて……みんなから白い目で見られて……!!」
「言いたい事はそれだけか??」

僕は頷いて黙った。

「あのなぁ、そういう経験は俺もそうやし、ここにおる大人全員経験してんねん。お前卑怯だからいつもこういう事から逃げてばっかりいるだろ。舐めすぎや。俺はお前の性格を見た感じ、厳しく言ったり、無理やりにでもこういう経験させな成長しない性格してると思うねん。」
「……。」

「俺は自分の名前でエントリーしたけど、最初からお前に飛ばせる予定やったで。」
「……!!!」

この言葉を聴いた瞬間に、胸ぐらを掴まれた店長の腕を振り回そうとしたが、怒号と共に地面に投げつけられてしまった。

「次は本気で殺すぞ。」
そういうと店長は客席に去っていった。先輩たちは無言で軽く愛想笑いしながら僕を見ていた。

「……先輩。僕どうしたらいいんですか……?無理です……。」
「まぁ、社会出たらこういう事もあるよ。」
先輩は僕の肩をポンと叩き客席に戻った。

「あの……そろそろ順番なのでスタンバイよろしくお願い致します。」
係の人に言われた。

「うおっしゃー!!!!頑張れ!!!!野澤ァァァァァァ!!!!」
店長は大声で客席から叫んでいた。もう死んで欲しかった。

人生で初めてスタートバーに付き、思った以上の急斜面に頭が真っ白になった。垂直の崖である。
周りの選手はベテランばかりなので誰にも縋りつくことは出来なかった。

スタートの信号が青になった。10秒で飛ばなければ失格だ。
飛んだら死ぬ、飛ばなかったら店長に殺される。『着地』に対するわずかな希望を賭け、スタートした。

ゴォォォォォォォォォオォォオオオオ!!!

"!!?!?!?!?!??!"

早い!!早すぎる!!直線で身体を制御する余裕も無く、ジャンプ台を超えた地点で足の方向はめちゃくちゃになっていた。

結果、板先から着地し、身体はバウンドしながら下まで滑り落ちた。

「……ぅうああああああああああああああ!!!!!」

アドレナリンが引き、身体が全身痛み、あまりの痛さにのたうち回った。

「おい!!」

店長が駆け寄ってきた。するとスキー靴で思いっきり腰や腹、顔などを踏みまくって来た。

「お前…!!なに失敗しとんねんコラァ!!!金賭けてたんやぞ!!!真剣にやれ!!!」

ドカ、バキィ、ダン、バキィィィ!!

血も噴き出し、身体もジンジンして頭痛も凄かった。そしてそのまま気を失った。

……

気が付くとまたスタートバーにいた。

「!?!?どういうことだ!?!?」
「2回目のジャンプがあるやろ?お前が気を失ってたからみんなで協力してスタート地点まで連れて来たんじゃ!感謝しろ。」

身体も動かず、とてもじゃないが飛べるようなコンディションでは無かった。

「……先輩!!笑ってないで助けてくださいよ!!」
「……まぁ社会に出たらこういう事もあるよ。」

シグナルが青になった瞬間、店長から背中を蹴飛ばされ、スタートした。

フラフラしていたが、瀕死状態なので身体に余計な力が入らず、綺麗なスタートを切れた。

「これはもしかして……いけるんじゃないのか!?」

スパンと綺麗に飛べた。フォームも綺麗で飛距離をガンガン稼いでいく!

「おぉ神様……どうか野澤に奇跡を……!!」

店長は手を合わせて神に祈ったが、意識を失っているため、着地時に全身に力が入らず、またもや身体は回転して転がっていった。

「……ふざけんな貴様ァァァァァァァァァァ!!!!俺の金返せやぁぁぁぁぁぁ!!!!」

店長はまた下に降りて、スキー靴で思いっきり腰や腹、顔などを踏みまくり、ストックで顔面を刺しまくった。もはや体の原型を失いかけていた。
そして耳を引っ張り店長は叫んだ。

「貴様クビじゃああああああああああああああああああああ!!!!」

その後病院に搬送され、全治100ヶ月の重傷を負った。

※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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