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都市型農業に関する法制度その1

0 はじめに
昨年から引き続くコロナ禍で、リモートワークが普及し、地方移住や郊外への転居を検討しているご家庭も多いのではないでしょうか。
 可処分時間が増えたことで、お家時間の充実や、より自然というものに触れたい、趣味として家庭菜園でもやってみようという方も増えたように思われます。
 地方移住まではいかないけれども、都市部において何か「農」に触れることができないかということを検討している世代が増えているのかな?と肌感覚で感じます。筆者(30代半ば)の周辺でも市民農園を借りた友人や、農業ビジネスに興味があるという方を聞くようになりました。筆者もパイオニアエコサイエンス社から送っていただいたゲノム編集トマトの栽培を始めました(待ちに待った割に、うまく栽培できるかは非常に不安です。栽培初心者なので)。
 そこで、都市型農業や市民農園を支える制度にはどのようなものがあって、それぞれどのように機能しているのかという点について、できるだけ分かりやすく、かつ網羅的に解説できればと思います。
 このシリーズは3回に分けます。まず、都市型農業に関する法制度の全体像をその1とその2で概観します。次に、その3では、農地活用の一形態である市民農園の開設に関する法制度について概説します。

1 都市型農業に関する法制度の全体像
(1)都市農業振興基本法
 この法律は、都市農業の安定的な継続と都市農業が有する多様な機能の発揮を通じて良好な都市環境を形成することを目的としています。「都市農業の安定的な継続」とは、要は、都市農業の本来的な機能である産地と消費地の近接性を活かしたスムーズな食糧供給機能を確保し続けるということです。
 次に、都市農業が有する多様な機能とは、立地を生かしたスムーズな食糧供給機能という側面だけではなく、都市農業に見られる様々な効能を活かそうということです。例えば、都市農業には、良好な景観、街並みの形成という点や、火災時における延焼を防止するという防災機能、都市住民が農作業を体験することができる場所としての機能があります。これら食糧供給機以外の多様な機能をもっと活かそうという方向性で、ものすごく抽象的にいえば、「農」と「都市」との共存を通じて住みやすくて素敵な街づくりを目指すということになります。
 この法律はいわゆる「基本法」ですので、都市型農業に関する「コンセプト」や「方向性」を示しているに過ぎません。そのため、具体的な制度については、個別の法律で定められていますが、大きくは以下のコンセプトが示されたと考えることができます。
➾ 農地の貸し借りを積極的に推し進める点(所有者以外の者による耕作を推し進めることで農地を存続させる)
 農地保全に必要な税制を整える点(具体的には相続税の減免や猶予範囲の手当てなど)
 上記のコンセプトを推進するための具体的な制度として、以下の法律が新しく制定/改正されました。
・ 生産緑地法の改正
・ 都市農地貸借法の制定(都市農地の貸借の円滑化に関する法律)
また、この法律に基づき、都市農業振興基本計画が定められています。国の都市農業に関する基本的な方向性や考え方を示したものです。内容は多岐に渡りますが、一番大きなメッセージとしては、市街化区域内に存在する農地のコンセプトを転換するというものです。すなわち、市街地に存在する農地を宅地利用を前提とした開発のための土地として把握するのではなく、人口減少社会が到来し、開発圧力が低下することが見込まれる農地について、都市生活との共存を図る貴重な存在として保全し、都市近郊型農業を存続するという方向に明確に舵を切ったということと思われます。
(2)都市型農業に関する法制度
ア 都市型農業に関する法律で取り扱われているテーマ
都市型農業に関する法律は、以下に掲げるように、数自体はかなり多いのですが、ものすごくシンプルにまとめると、以下の2つのテーマを取り扱っていると考えることができます。
①「農地」という財産の活用方法に関する制約とその財産を活用することができる「主体」に関する制約をどのようにするかというテーマ
②農地は、農林水産物を育てるための生産基盤+食糧安全保障を支える公共インフラとしての位置付けを持つと同時に、不動産として投資対象となりうる経済的価値を両有するため、この両者をどのように税制上位置付けるかというバランス論
イ 農地の利用に関する法律
(ア)農地法
① 目的
農地を農地として保護しつつ、その利用関係を調整することです。許認可等の主務官庁は、農林水産大臣、都道府県、市町村、農業委員会です。
 農地を農地として保全しなければならない理由はシンプルです。農地を自由に宅地その他の開発用地に転用できてしまうと、経済性の観点からは宅地として売り払ったり、アパート経営などをした方が地主さんとしては利回りがよくなって得をする一方で、次第に作物を育てるインフラが国土から消え去ってしまい、日本から食べる物が失くなってしまうというリスクをコントロールする必要があるからです。つまり、農業に適した用地の「開墾」の労、適した「土」を育成するための労、その土を育てるために培われた「技術」は一朝一夕に獲得できるものではなく、その根幹である農地が無くなれば一瞬にして水泡に帰すという懸念があるということだと思います。
② 骨組み
ⅰ 農地の売買や貸借の制約(農地3Ⅰ)
原則として、農地を売買する場合や賃貸に出す場合は、農業委員会又は都道府県知事の許可が必要です。
ⅱ 農地を所有できる主体の制約(農地3Ⅱ)
基本的には、農業関係者以外の農地所有はできないようになっています。また、農地の借り手についても一定の要件が課されています。
ⅲ 農地転用の規制(農地4、5)
農地を農地以外のもの(例えば宅地にする)に転用することを原則許可制として制限しています。後述の農振法によりゾーニングされた農地のレベルに応じて許可の難易度が調整されています。 
ⅳ 農地の貸借が行われた場合の解約権の制限(農地18)
農地を賃貸に出した場合に、農地の貸し手都合による解約は許可を受けないと認められないこととされており、耕作権が保護されています。
ⅴ 遊休農地の利用権を最終的に奪う(農地30~41)
現に耕作が行われていない農地があり、所定の手続き・協議を経てもなお耕作される見込みがない場合、その農地に対して、農地所有者と農地バンクとの間に強制的に賃貸借契約を成立させることができます(農地の利用権を一定期間奪えることになっています)。
(イ)農振法
① 目的
➾ 食糧安全保障(食べ物が無くなってしまうリスク)の観点から、優良農地を確保するためのゾーニングを目的としています。
② 骨組み
ⅰ 農地のゾーニング
都道府県知事は、農地を農業振興地域とそれ以外に分けて指定するものとされています。
また、農業振興地域のうち、特に優良な農地については、農用地区域(農振青地地域)とそれ以外(農振白地地域)に分けて指定するものとされており(農振6)、農用地区域にゾーニングされた地域では転用が厳しく制限されます(農地4Ⅵ①イ)。
また、それ以外の地域では、上述の農地法と連動して、農地の転用を農地の集積の程度(or/and市街化の程度)に応じて規制しています(農地4Ⅵ①ロ、②)。街に近づけば近づくほど転用基準が緩くなるという規制です。
ⅱ 都市計画法との役割分担
農業的な土地利用が求められる地域では、農振法によりゾーニングを行いつつ、都市的な土地利用が求められる地域では、都市計画法によるゾーニングを行うことで、いわゆる「田舎」と「街」の土地利用に関する規制を調整しています。
そのため、都市計画法上の市街化区域(既に市街地を形成している/今後10年以内に優先的に市街化を推し進める区域)については、農業振興地域に指定することができません(農振6Ⅲ)。
(ウ)都市計画法
① 目的
都市の秩序ある発展のために、都市的利用が求められる土地をそれぞれのレベル感に応じてゾーニングし、ゾーニングした区域に応じて規制の強度を調整することが目的です。
許認可等の主務官庁は、基本的には国土交通大臣、都道府県、市町村です。
② 骨組み
ⅰ 都市計画区域とそれ以外の指定(都市計画)
都道府県が、一体(一つのまとまり)の都市として整備、開発、保全すべき区域として都市計画区域を指定
します(都市計画5)。都市計画区域外でも必要に応じて準都市計画区域を指定します(都市計画5の2)。
ⅱ 市街化区域と市街化調整区域の指定(区域区分)
都市計画区域のうち、三大都市圏(首都圏、近畿圏、中部圏)や政令指定都市などの地域について、市街化を推進すべき区域として市街化区域を指定し、市街化を抑制すべき区域として市街化調整区域を指定します(都市計画7Ⅰ①、②、都市計画施行令3、地方自治252の19Ⅰ)。この区域区分を「線引き」と呼び、区域区分の指定がされない区域を「非線引き区域」と呼びます。
市街化区域と市街化調整区域の違いは、開発行為の許可が必要な行為や許可の基準が市街化区域は比較的緩く、市街化調整区域は厳しいという点です(都市計画29Ⅰ、33、34)。例えば、原則として市街化調整区域では住宅などを建築することはできません(もちろん一定の例外はあります)。
ⅲ 用途地域の設定(地域地区)
都市計画法により「市街化区域」、「非線引き区域」「準都市計画区域」に指定された区域については、土地の利用用途を設定することができます(都市計画8)。
大きく分けて「住居系」、「商業系」、「工業系」の3つ、計13種の用途地域がありますが(同Ⅰ①)、この区分に応じて、当該区域ごとに建築できる建物の大きさ(平米数)や種類(お店、ホテル、学校、工場など)が異なってきます。例えば、住居に特化した「第一種低層住居専用地域」では、工場や病院などを建てることができませんし、逆に工業に特化した「工業専用地域」では、住宅を建てることができません。
なお、この用途地域の設定は、いずれの種別も、ある程度の開発(建物の建築など)を前提とした規制であるため、本来、開発を抑制すべきとされる市街化調整区域において設定することは原則できません。
ⅳ 都市計画法における農地の取扱い
市街化区域内の農地は、本来市街化を図るべき区域ですので、農地転用は届出で足りることとされています(農地4Ⅰ⑧)。
一方、市街化調整区域内の農地については、そもそも市街化を抑制すべき土地とされていますので転用は原則不可とされています(農地4Ⅵ①ロ)。
さらに、用途地域の設定がある区域の農地については、市街化傾向の著しい農地であるということから原則転用が可能とされています(農地4Ⅵ①ロ(1)、農地令7②、農地規則44③)。
そもそも都市計画を設定するに際しては、農林漁業との健全な調和を図ることとされており(都市計画2)、国土交通大臣や都道府県が、都市計画の整備、開発を行う場合は、予め農林水産大臣との協議が原則必須とされるなど(都市計画23Ⅰ)、土地の農業的な利用と都市的な利用との間に所要の調整が行われる(都市計画上、農業への一定の配慮が制度上組み込まれている)という前提があります。
(エ)生産緑地法
① 目的
都市部に存在する農地(市街化区域内の農地)の計画的な保全を図ることです。なお、生産緑地法の主務官庁は、農林水産省ではなく国土交通省とされています。これは、生産緑地は、あくまで都市的利用を前提とした区域に存在する農地であるため、都市計画の中に位置づけられるからです。
② 骨組み
ⅰ 生産緑地の指定(生産緑地3)
市街化区域内の農地について一定の要件を充たす場合、生産緑地に指定することができます。なお、この指定自体は、上述の都市計画法の地域地区の設定として行われます(都市計画8Ⅰ⑭、生産緑地3Ⅰ柱書)。以下が指定のための要件です(生産緑地3Ⅰ①~③)。
・500㎡以上の一団の農地である※
・公共施設等の敷地として適当である
・農林漁業の継続が可能である
・当該農地の利害関係人の同意があること
(生産緑地3Ⅲ、Ⅳ)
※市町村が条例により300㎡以上~の規模に引下げが可能です(生産緑地3Ⅱ、生産緑地令3)。
ⅱ 営農義務と行為制限
生産緑地の指定がされた場合、その農地について使用収益ができる人は、その生産緑地を農地として管理し続けなければなりません
(生産緑地7Ⅰ)。
また、市町村長の許可を得なければ、以下の開発行為を行うことができないという行為制限に服します(生産緑地8Ⅰ)。
この許可の基準もハードルが高く、基本的には農林水産業関連の施設の設置しか認められていません(生産緑地8Ⅱ①~③)。
これらの制限に違反した場合、「原状回復命令」がされるという建付けになっています(生産緑地9)。
・ 建物の建築/改築/増築
・ 宅地の造成その他土地の形質の変更
・ 水面の埋め立て/干拓※
※ 生産緑地に指定される「農地等」には土地だけではなく、漁業に用いられる池や沼も含みます(生産緑地2①)。
ⅲ 買取り申出手続きの前置
生産緑地については、一定の事由の発生により、市町村長に対して買取りの申出を行うことができます(生産緑地10)。
一定の事由とは、指定後30年の経過又は主たる従事者の死亡や重大な怪我/病気です(生産緑地10Ⅰ、Ⅱ、15、生産緑地規則5)。
買取の申し出があった場合、市町村は申し出から1ヶ月以内に買い取るか、買い取らないかを通知することとされ(生産緑地12Ⅰ)、買い取らない場合は、農林漁業の希望者へのあっせんに努めなければなりません(生産緑地13)。
これらの手続きは、逆にいえば、一旦生産緑地に指定すると、所定の事由の発生を要件とする買取申出手続きを経なければ市街化区域内の農地を農地以外に転用することができなくなるという制限があるとも評価できます。
ⅳ 税制上のメリット
生産緑地に指定された農地については、上述のように営農義務や行為制限に服しますが、その反面、三大都市圏特定市の市街化区域内の農地では、生産緑地への指定により以下の税制上のメリットが得られます(※)。
➾ 相続税等納税猶予制度の適用
詳細は、その2で後述しますが、要は、所定の要件を充たしている場合は、生産緑地への指定により、相続税のうち一定部分が猶予されると共に、所定の事由を充たせば、猶予された一定部分の相続税が免除されるという特例です。
➾ 固定資産税の農地評価/農地課税
詳細は、その2で後述しますが、要は、所定の要件を充たしている場合は、生産緑地への指定により、固定資産税の評価が農地評価とされ、農地の負担調整措置が適用されるため、固定資産税が生産緑地地区の指定を受けていない市街化区域農地よりも安くなります。
税額のイメージとしては、生産緑地地区の指定を受けた農地では、10aで千円程度の課税に対して、受けていない市街化区域内農地では10aで数万円、場合によっては数十万円(三大都市圏特定市の場合)と10倍から100倍近く税金が異なることになります。
なお、上記の特例は、生産緑地法ではなく、租税特別措置法、地方税法にそれぞれ定められています。
※ 生産緑地に指定することのメリットとして税制措置が指摘されることが多いのですが、相続税の納税猶予が受けられるか否か?と固定資産税が安くなるか?で意味合いが異なるので注記します。
まず、相続税の納税猶予特例ですが、三大都市圏(首都圏、関西圏、中部圏)特定市以外の市町村における市街化区域の農地については、生産緑地に指定しなくても税制上のメリットは得られます。市街化区域以外の農地についても勿論です。
次に、固定資産税の減額ですが、生産緑地に指定しなければ、三大都市圏特定市以外の一般市町村の市街化区域農地であっても、固定資産税上のメリットを受けられません(なお、市街化区域外の農地については、当然にメリットを受けられます)。
つまり、相続税の納税猶予の特例を受けることができるかどうかという文脈では、三大都市圏特定市以外の一般市町村の市街化区域農地で、生産緑地の指定をするインセンティブはありません。
一方で、固定資産税をより安くすることができるかどうかという文脈では、三大都市圏特定市以外の一般市町村の市街化区域農地についても、生産緑地の指定をしなければ固定資産税上のメリットを最大限受けることができないので、生産緑地の指定をするインセンティブがあるということです。
ⅴ 特定生産緑地制度
こちらは、いわゆる2022年問題のために設えられた制度です(生産緑地10の2)。
2022年問題とは、三大都市圏(日本で最も地価が高い都市圏)で約13,000haある生産緑地のうちの約8割が、2022年で生産緑地の指定から30年が経過するため、営農義務から解放された大量の農地が宅地として市場に流れ込むことで、地価が下落し、ひいては90年代のバブル崩壊同様の社会全体への混乱を生み出しかねないという問題意識です。消費者からすれば、土地が安くなるんだからお家が買いやすくなっていいじゃないかという気もしますが、「不動産」という本来消えることがない「物」の価値が崩れることは、経済社会全体を規律するあらゆるモノの価値に大きな影響を与えることになります(今まで使っていた定規が使いものにならなくなるということ)。まして、コロナ禍による地価下落も相まって、ダブルパンチとなりかねない状況にも鑑みると、決して軽視できない社会全体のリスクともいえます。
そこで、生産緑地法を改正し(コロナ禍による地価下落は織り込まれていませんが)、30年が経った生産緑地でも、「特定生産緑地」として指定すれば、従前同様に税制特例措置を受けることができ、その限りにおいて、地主さんも農地を手放す必要がなくなる(高額な相続税の納付や、重たい固定資産税の負担から免れることができる)という制度です。
特定生産緑地に指定すると10年ごとに再度特定生産緑地に指定することができ、特定生産緑地に指定されている間は、上述の税制特例を受けることができるし、農地も保全されるし、地価の下落による社会全体の混乱も避けられるという制度となっています。

その1まとめ
以上見てきたように、都市型農業(農業全般かもしれません)を考える上で、農地という不動産をどのように取り扱うかというのは極めて重要なテーマです。
一つは、食糧安全保障の観点をベースに、新しいトピックである人口減少型社会における都市と緑の共存という視点が追加されました。これらの動きを踏まえて、今後の農地規制をどのようにすべきかというテーマがあります。
もう一つに、その財産的価値ゆえに社会に与える影響大であるため(特に都市部の農地)、農業を保全しつつ、かつ、社会全体の混乱も避けるためにどのようなインセンティブを税制として設計べきかというテーマがあります。




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