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二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 エピローグ(3-4)

 どうしても一目会いたくて、ミレーネはルキウスに手紙を書いた。ルキウスを愛している。会って事情を話したい。それでも婚約者を募るなら、母の形見の指輪を返してほしいと。
 結界の外に出た手紙の内容はメルシアに知られてしまい、今朝カラスからルキウスを殺してやると伝言を受け取った。
 どうか間に合いますように。ルキウス様がご無事ですようにと祈るミレーネの視線の先で、森が途切れ次第に民家が現れた。やがて街へと景色が変わっていく。王城はすぐそこだ。

 馬車から下りる前に、ミレーネは改めて自分の恰好をチェックした。髪を梳かす間もなく、飾り気のないドレスを着て疾走する馬車に揺られ続けたせいで、余計に髪はからまり、服はしわくちゃで、まるで物乞いのようだ。
 ミレーネは近衛兵から追い払われるのを覚悟して、ルキウス王太子への取り次を頼んだ。ところが意に反して、ミレーネは王城の中へと案内され、謁見室でルキウスに迎えられた。

 シャンデリアの光を浴びてキラキラと輝く金色の髪と、海を思わせる青い瞳は記憶している愛しいルキウスそのままだ。  
 痛みにも似た切なさがミレーネの胸を突きあげ、涙が溢れる。霞んだ目の端に、突如映り込んだのは、豪華なドレスを着た銀髪の女性だった。ルキウスの傍に駆け寄り、ミレーネを振り返ったその顔は……!

「どうして私がもう一人いるの?」
 思わず訊ねたミレーネに、偽物は身をくねらせてルキウスに縋りつく。
「ルキウス様、怖いわ。魔女のメルシアが私に化けて追って来たのよ。あの人が私を殺そうとするから、ずっと隠れていなければならなかったの。お願い。早く捕まえて処刑してちょうだい」
「私がメルシアに化けているのですって? 私がここに来るのを知って、先回りをしたあなたこそがメルシアよ。黒魔術師たちに変身魔法を教わったのね」

 ルキウスは疑いの目でミレーネを見つめた。その青い瞳に愛情は欠片も見えず、刺すような冷たさを宿している。
 ミレーネは必死で訴えた。
「ルキウス様、危ないからメルシアから離れて。今朝ルキウス様を殺すというメルシアの手紙を、メルシアの使い魔から受け取ったから、知らせに来たのです」
「嘘よ! 私のフリをして、また私をルキウス様から引き離すつもりなのね。ルキウス様、あなたに会えない間、私がどんなに寂しかったか」
 ルキウスが眉を顰めて二人を交互に見る。片や美しいドレスを纏ったミレーネと、物乞いにも見間違えられそうなほどくたびれた自分。どちらが王女らしいか誰に尋ねても、迷うことなくメルシアだと答えるだろう。ルキウスの選択を待つのが辛くて、ミレーネは唇を噛んだ。

「その指輪はあなたのものか?」
 ふいにかけられた言葉に、ミレーネは母からもらった指輪に目を落とした。
雷に打たれても壊れることのなかった指輪は、今も傷一つなく輝いている。
―――そうだ、この指輪はペアだった!
 ミレーネがルキウスの指に目を走らせると、同じものがキラリと光った。
 途端に眉を吊り上げたメルシアが、ミレーネの傍にやってきて、返してよと叫びながら片手でミレーネの手首を掴み、反対の手で指輪を抜こうとする。

「痛い! やめてメルシア。これはお母さまからもらった大事な指輪よ。放して」
「メルシアはあなたでしょ。あなたはいつも、私のものを全部奪ってしまうのよ」

 ルキウスに聞こえるように言ったメルシアが、今度はミレーネにしか聞こえない小声で囁いた。
「メルシアだと認めて、この指環を置いていきなさい。そうしたらルキウスの命だけは助けてあげる。私はルキウスと結婚して黒魔術師が住める国にするわ」
 ミレーネらしからぬ歪んだ笑みを浮かべたメルシアが、目で指輪を外せと合図する。
「本当にルキウス様に手をださない?」
 メルシアが頷くのを見て、ミレーネは指輪を外した。メルシアに渡してから、ルキウスに向き直る。ルキウスに会えるのは、これが最後になるかもしれないと思うと、心が潰れそうだった。

「私がメルシアです。従姉が羨ましくてつい邪魔をしてしまいました。もう二度としないのでお許し下さい。フロリア王妃さまから賜った指輪は、お二人が愛しあう限り、白く美しく輝き続けることでしょう」

 ルキウスとミレーネが知る指輪の効果に一縷の望みを託してみたが、ルキウスは忘れてしまったのか、表情は動かなかった。
 必死で涙を堪えるミレーネの前で、ルキウスがメルシアの腰に手を回し、隣の部屋へと連れ立って行く。ふと視界が壁に反射した光を捉えた。ミレーネが光の素を探ると、悪魔のような笑みを浮かべたメルシアが、後ろに回した手に握ったナイフを振っている。

―――メルシアはルキウスさまを殺す気だ!
 大切な人を奪われる苦しみは、母だけで充分すぎる。嫉妬から悪魔に身を落としたメルシアに、ルキウスを殺させてたまるもんですか! 
 ミレーネは思わず走り寄り、ドアの中に入ろうとしたルキウスの袖を摑んだ。
その途端、ミレーネの身体は思いっきりルキウスに突き飛ばされ、ミレーネの目が驚愕に見開かれる。口を開こうとしたミレーネの前で、無情にも扉が閉まった。


次のお話をお楽しみください(*´▽`*)
二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 エピローグ(4-4)|風帆美千琉 (note.com)

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