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二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第一話 プロローグ

あらすじ
イゾルデ王国の王族は精霊の加護を受け、白魔術を使える。王弟の娘メルシアは、国王の娘ミレーネが誕生するまで未来の女王として育てられたため、ミレーネが邪魔だった。ある日魔導士にもらった白い粉が元で、とんでもない事件が起き、メルシアと魔導士たちが黒魔術師狩りの対象になる。二年後、ミレーネは、隣国の皇太子ルキウスの婚約者を決める舞踏会に招かれ、ルキウスに見初められる。ところがミレーネだけが幸せになるのが許せないメルシアが、夜中に襲撃。ミレーネは重症を負う。隠れ家で治療を受けるミレーネに、メルシアからルキウスを殺すとメッセージが届いた。命をかけてルキウスを救う決心をしたミレーネは、メルシアに緒戦する。


プロローグ

 深い森の中の道を一台の簡素な馬車が疾走していた。
 その馬車の中には、銀色の長い髪と新緑の瞳を持つ、若く美しい女性が侍女も連れずにただ一人。座席から振り落とされないように背もたれに張り付いている。
 イゾラデ王国の王女だというのに、ミレーネが飾り気のないドレスを着ているのには理由がある。
 憎しみに囚われた従姉のメルシアが、ミレーネの婚約者であり、トリスタナ王国の皇太子ルキウスに会いに行ったと知って、取る物も取りあえず隠れ家から飛び出してきたからだ。
 本当なら母の祖国から出発するのは、背中の傷が完全に癒えてからのはずだった。
 メルシアの術で死にかけ、姿をくらましてから三年近くの時が経つ。
 ルキウスはミレーネの探索を諦めてしまったのか、新たな婚約者を見つけるために舞踏会を開くというお触れを出したというのだ。

「こんなことなら、生きていると伝えておけばよかった」

 でも、己の醜い姿を、愛しいルキウスに見せる勇気はなかった。
 そして何より、万が一メルシアに居場所を知られてしまったら、衰弱しきった体には戦う力も残っていないと分かっていたから、黙するより他はなかったのだ。
 ルキウスの婚約者探しの舞踏会の話を聞いた直後、ミレーネは居ても立ってもいられなくなり、ほぼ傷が癒えた今なら戦えると決心して、ルキウス宛に会いたいと手紙を書いた。
 そろそろ届くかと思われた今朝、けたたましく鳴くカラスの濁声に起こされた。
 ミレーネが小屋の窓から外を覗いてみると、周囲の森の枝を埋め尽くすように、ずらりと並んだ赤い目のカラスたち。異様な光景にミレーネは息を飲んだ。
 小屋に向かって伸びた枝に、ひと際身体が大きいカラスが止まり、くちばしに咥えていた巻紙を放つ。
 巻物は空中で静止して、するすると開くと、ミレーネの目に毒々しい赤い文字が飛び込んできた。

[いまいましいミレーネ、よくも私の目を欺いて生き残ったな。私の仲間たちは、お前の父親が差し向けた騎士たちにほとんど捉えられてしまった。仕返しにルキウスの命を絶って、お前にも絶望を味あわせてやる]

 読み終わった途端に巻物から、「仕返し」「ルキウスの命を絶つ」「お前にも絶望を」と書かれた赤い文字が飛び出して、ミレーネに襲い掛かる。
 慌ててカーテンを引いて防いだが、ジュウッと音がして、カーテンが文字型に融けて煙を上げた。
 カーテンを引くのが少しでも遅れたら、ミレーネの顔や寝間着から露出している肌には、焼き印のように呪いの文句が焼き付けられていたに違いない。
 肌が粟立ち、背中の傷跡が引きつるように痛んだ。
 ミレーネが恐る恐るカーテンの隙間から外を覗くと、いつの間にかカラスは一羽も残らず消えている。
 一瞬、ミレーネは寝ぼけたのだろうかと思ったが、「ルキウスの命を絶つ」と型抜きされた布地から、朝のまぶしい光が差し込んでいるのを見つけ、カーテンを持つ手が震えた。

「怯んじゃダメよ。ルキウスさまを助けなくちゃ。たとえルキウスさまの愛情が冷めてしまったとしても、私の気持ちは変わらない。一度は失いかけた命。あなたを助けられるなら惜しくない」

 ミレーネは父王の計らいで、治癒魔法が得意な魔術師が住む、母の祖国に預けられた。
 王女の身分を秘密にするために、森の中の小さな家に住み、叔母に扮した召使いの一人を傍に置いている。当然身なりも村娘に倣った木綿の質素なドレスしか持っていない。
 三年も会わなかった元婚約者のミレーネが、こんな粗末な身なりでいきなり目の前に現れたら、ルキウスは余計に愛想をつかすのではないかと不安が胸をかすめる。
 木こり姿で護衛をしている衛兵に頼んで、生前母が住んでいた城に使いをやれば、王女であるミレーネに相応しいドレスを届けてくれるだろうけれど、今はそんな時間もない。
 ミレーネは寝間着からいつもの飾り気のない木綿のドレスに着替え、万が一のために隠しておいた小型の馬車に乗り込んだ。馬を操るのに長けた衛兵に行先を告げると、馬車は猛スピードで走り出した。

目次
二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第二話 二人のプリンセス (1-2)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第二話 二人のプリンセス(2-2)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第三話 メルシア(1-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第三話 メルシア(2-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第三話 メルシア(3-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第三話 メルシア(4-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第四話 ミレーネ(1-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第四話 ミレーネ(2-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第四話 ミレーネ(3-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第四話 ミレーネ(4-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第五話 謎(1-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第五話 謎(2-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第五話 謎(3-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第五話 謎(4-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第六話 難航する論証(1-5) | 記事編集 | note

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第六話 難航する論証(2-5)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第六話 難航する論証(3-5)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第六話 難航する論証(4-5)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第六話 難航する論証(5-5)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第七話 奇襲(1-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第七話 奇襲(2-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第七話 奇襲(3-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第七話 奇襲(4-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第八話 ルキウス王子との出会い(1-5)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第八話 ルキウス王子との出会い(2-5)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第八話 ルキウス王子との出会い(3-5)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第八話 ルキウス王子との出会い(4-5)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第八話 ルキウス王子との出会い(5-5)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第九話 舞踏会(1-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第九話 舞踏会(2-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第九話 舞踏会(3-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第九話 舞踏会(4-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 エピローグ(1-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 エピローグ(2-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 エピローグ(3-4)|風帆美千琉 (note.com)

二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 エピローグ(4-4)|風帆美千琉 (note.com)

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