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二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 エピローグ(1-4)

 深い森の中の道を一台の簡素な馬車が疾走していた。
 その馬車の中には、銀色の長い髪と新緑の瞳を持つ、若く美しいイゾラデ王国の王女ミレーネが、侍女も連れずにただ一人。急いで隠れ家を出てきたために質素なドレスを着て、座席から振り落とされないように背もたれに張り付いている。
 その指には母フロリア王妃からもらった指輪がはまっていた。
 指輪を見つめるミレーネの脳裏に、幸せの絶頂だったルキアスとの婚約時代が浮かびあがる。

 一年の間、お互いの国を行き来して、愛を育みあった日々。ついにトリスタナ王国で王族のみで行う婚約式を迎えたあの日、ミレーネの両親でありイゾラデ王国の国王のフレデリックと王妃のフロリアが満面の笑みでルキウスとミレーネを祝福し、二歳になったアレックスがおめでとうと連呼していた。
 無事に婚約式を済ませて、幸せそうに見つめあうルキウスとミレーネに、フロリア王妃から白魔術のかかった指輪が贈られた。
 台座にはまった透明の石は、二人が想いあううちに段々と色づいて美しいバラ色になり、二人の絆をしっかりと結んで幸せをもたらすという。 
 ロマンティックな贈りものに、二人は目を輝かせて喜んだ。ルキウスは、どこまで色づくか楽しみだとミレーネの耳元で囁き、指輪より先にミレーネの頬を赤く染めた。

 あれから三年の月日が流れ、ミレーネの指にはまだ指輪がはめられたままなのに、ルキウスは行方不明のミレーネを諦めたのか、ミレーネと出会ったときのように、婚約者探しの舞踏会を開催するお触れをだしたという。
 流れてきた噂に居ても立ってもいられなくなり、ミレーネはルキウス宛に、自分が生きていることを認め手紙を送った。会いに行くから待っていてほしいと、心を込めて綴った手紙を。

「こんなことなら、もっと早く生きていると伝えておけばよかった」

 でも、己の醜い姿を、愛しいルキウスに見せる勇気は無かなかった。
 そして何より、万が一メルシアに居場所を知られてしまったら、衰弱しきった体には戦う力も残っていないと分かっていたから、黙するより他はなかったのだ。
 だが、メルシアがミレーネの手紙を手に入れて、ミレーネの生存と隠れ家を知り、使役のカラスによってルキウスを殺すと通告してきた。
 あともう少しで背中の火傷が癒え、堂々とルキウスに会いに行けたのに。

 療養している三年間、ミレーネはこの身が焼かれた婚約式の夜を何度も夢で体現し、悲鳴を上げてベッドを転げ回った。夢を見たくなくて起きていても、寝不足でいつの間にか寝てしまう。
 きまって夢が始まるのは、婚約式と宴が終わり、誰もが未来に続く幸せを信じて眠りについた夜からだ。

 メルシアが闇夜に紛れて、ミレーネの寝室に忍び込み、約束を果たしに来たと言ったのだ。
 また夢を見ている。起きなくてはとあがいても、身体が動かず実際に起きたことを夢の中でなぞっていく。
 ミレーネはベッドの反対側に回り、ドアと窓のどちらに逃げられるかを考えながら問い返した。
「メルシアと約束をした覚えなんかないわ」

 メルシアは闇に紛れる黒いドレスとマントを羽織っていて、目だけが不気味なほど赤く光っていた。
「婚約者選びの舞踏会で私がルキウスに言った言葉を忘れたの? それとも怯えて言えないのかしら? 今夜はさぞ幸せな時を過ごしたのでしょうね。でも、それも今日でおしまい。私は王弟からも疎まれ、本当の父は殺されて、私自身国外追放されたのに、ミレーネだけが幸せになるなんて許せない。幸せの頂上から突き落としてやるわ」

「メルシア落ち着いて。悪いのは黒魔導士ダートだわ。王弟妃カリーナに取り入って、呪術でメルシアをカリーナ殿下に生ませたの。メルシアを女王に立てて、自分も権力に肖ろうとしたのよ」

 メルシアが鼻で笑って、何がいけないのと聞き返した。
「権力に胡坐をかいて搾取するだけの俗物を、力のある者が排除することは、他の国でも当たり前に行われてきたわ。魔力を持つイゾラデ王国の王族だって、例外はないのよ」

「上に立ちたいなら、私利私欲だけで強奪をするのは間違っているわ。城に張られた浄化魔法の結界を突破できなかったからといって、王族を打倒できない腹いせに、領地を耕し地代を払う国民を、ダートたちは毒殺しようとしたのよ。そんな人たちを、誰が王にしたいと思うものですか」

「お黙り! 黒魔術師たちが一方的に危害を加えたと本気で思っているわけ? 浄化魔法の光で身を焼かれて、苦しくなかったとでも? 命からがら逃げ出さなかったら、私も死んでいたのよ」

 ミレーネは、城に侵入しようとして浄化魔法で命を落とした黒魔術師たちの話を聞いていた。その死体が正視できないほど酷かったことも。
 黒魔術師たちは仲間になるときに、呪術のかかった血を口にする。血は消化されず、飲んだ者の身体に沁みつく。もし仲間を裏切れば、臓腑が溶けて死に至るので、脱退は許されない。そのおぞましい呪いの血に、浄化魔法が反応するのだ。

「そんな……メルシアは呪いの血を飲んだというの?」
「私の居場所は、他にはなかったわ」

 メルシアの赤い瞳が、怒りで燃え滾っているように感じた。
 ニッと片方の唇を上げて、小馬鹿にしたようにミレーネを見ると、吐き捨てるように言った。


次のお話をどうぞお楽しみください(*´▽`*)
二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 エピローグ(2-4)|風帆美千琉 (note.com)

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