二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 エピローグ(4-4)
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ルキウスがドアをロックする音が、執務室に響く。ドアが分厚いのもあるのだろう、反対側からドアを叩く音とミレーネの声が、小さくくぐもって聞こえる。
ミレーネをうまく騙して気をよくしたメルシアが、最後の仕上げとばかりにルキウスの背中にナイフを突き立てようとしたその時、メルシアの身体中に熱波が炸裂した。
メルシアは耳をつんざくような悲鳴を上げてのたうち回り、助けを求めてドアを開けようとしたが、無駄だった。
「苦しい。なにこの光と熱は……じょ、浄化魔法か? も、もしかして、お前はミレーネ?」
ドアに結界が張ってあると気が付いたメルシアが、ミレーネの魂が入ったルキウスに縋ろうとして手を伸ばす。ルキウスはさっと飛びのいた。
「助けて、ミレーネ。術を解いて。心を入れ替えるから……お願い」
ミレーネと呼ばれたルキウスが、首を振る。
「もう、メルシアの言葉は信じない。お母さまと多くの領民を殺し、ルキウスさまを殺そうとした報いを受けなさい」
「ミレーネなんかに、やられるなんて……」
「そうよ、あなたが軽蔑するくらい私の魔力量は少ないの。あなたに奪われたからよ。すぐ近くのものにしか効かないし、浄化魔法が作用するのにも時間がかかる。苦しむ時間が長引くのは自業自得だと思いなさい」
激しいパワーの浄化魔法にかかれば、身体は引き裂かれ目も当てられない状態になる。だが、ミレーネの浄化は魔術をかけた本人のように穏やかで、メルシアは青白い炎に包まれて跡形もなく燃え尽きた。
浄化の炎は黒魔術師とそれに関する物を焼くだけだ。何もない空中から光るものがポトンと落ち、ミレーネが屈んで手を伸ばす。拾ったのは、母からもらった指輪だった。
白く輝いていた貴石が、ほんのりと薄桃色に染まっているように見えるのは、目の錯覚だろうか?
先ほどから、ドアを連打する小さくくぐもった音が聞こえていたが、今度は体当たりでもしているのか、もう少し大きな音が聞こえた。
ミレーネの小さな体で、本気でドアにぶつかり続ければ、痣だらけになってしまうと気づき、ミレーネは慌てて結界を解いた。
途端にドアが開き、みすぼらしい恰好のミレーネが飛び込んでくる。
ここに着いたときには、これ以上見かけが酷くなることはないだろうと思うほど、髪も服もぐしゃぐしゃだったのに、肩で荒い息をしている目の前のミレーネは、乱れた衣類と鬼気迫る表情が相まって、正気を逸した女のようだった。
「ミレーネ! なんてことをしてくれた。メルシアはどこだ? 君はどこも怪我をしなかったのか? 取り換え魔法を使って私を突き飛ばしたときには、なんて無茶をするのだと驚いて寿命が縮んだぞ」
ぐしゃぐしゃな恰好の自分に抱き着かれ、身体の大きいルキウス姿のミレーネは、ぎくしゃくしながら痩せた背中に腕を回す。ミレーネが取り換え魔法を解くための呪文を唱え、二人の中身が元に戻った。
「私は無事です。メルシアは浄化魔法で……。私はメルシアを殺してしまいました」
「優しいミレーネに、酷なことをさせてしまった。だが、彼女を生かしていたら、私の命もこの国の未来も無かっただろう。ミレーネが手を下さなくても、メルシアをこの部屋に誘い込んだあと、私が屠(ほふ)るつもりだった」
「私、メルシアがナイフを持っているのを見たとき、考える間もなく身体が動いたの。ルキウスさまを守りたくって。ルキウス様は、最初から私がミレーネだと分かっていたのですか?」
「当たり前だ。いくら顔が同じでも、表情や仕草が違う。指環は二人が想いあっている限り輝くと君の母上から聞いていたから、君が生きていることは分かっていた。だがどんなに探しても見つからなくて、会いたさのあまり、婚約者を求めるという嘘を流して君からの連絡を待つことにしたんだ。まさかメルシアが出てくるとは思わなかった」
ルキウスはミレーネを忘れたわけではなかったと知り、ミレーネは喜びで胸がいっぱいになった。
「私も、どんなにルキウス様に会いたかったか。ずっとずっとこの日を夢見ていました。もし、私の魔力がメルシアと同じくらい強かったら、メルシアの存在に怯えることなく、もっと早くルキウスさまに会いに来られたのに」
「こうして会えたし、君は力の強いメルシアに勝てたのだから、魔力量を気にすることはない。それに、いくら魔力が強いといっても、メルシアの魔法は憎しみに満ちて人を殺める魔法だ。ミレーネの魔法は愛に満ちていて、人を救い幸せにする魔法だ。もとより資質が違う。卑下するよりも、誇るべきだ」
ルキウスの言葉がストンと胸に響き、ミレーネは長年の呪縛から解放された。
「愛と憎しみの魔法。そうね、私たちは最初から魔法の使い方が違ったのだわ。憎しみは独りよがりで集中型だから、受ける方は強烈に感じるわ。でも愛は一人だけのものじゃなくて、恋人や家族や友人たちに向ける様々な形がある。お互いを深く思うほど、信頼や愛情が大きく育って、心が支えられるの。憎しみを受けても打ち勝てるほどにね。ルキウスさまといると、私はどんな障害でも乗り越えられそう。愛しています。私をずっと導いてくださいね」
ルキウスが当り前だと言いながら、ミレーネをきつく抱きしめる。
三年の時を経て、ようやく再開することができた恋人たちが、変わらない愛を確かめたとき、指環はみるみるうちに赤く色づいた。
指環はルキウスとミレーネの愛を反映するように、二人の指で生涯鮮やかに咲き続けた。
完
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