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二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第九話 舞踏会(2-4)

 ルキウスの代わりにミレーネの前にやってきたのは、小さな王女マリアンだった。はにかんだ笑顔を浮かべながら、ミックを見つけてくださってありがとうと礼を言い、ブラウンの巻き毛を揺らしながら兄の後を追っていく。かわいらしい王女とふわふわの毛で膨れ上がっているミックは、王子が誰を選ぶかと張り詰めていた空気を溶かし、大人たちの心を和ませた。

 王族たちの挨拶が一通り終わると、各自自由の歓談になる。
 見回りに行ったまままだ戻っていないロバートが気になり、ミレーネが辺りを見回していると、後ろからふいに声をかけられた。

「探しているのは私だろうか? それとも他に気になる男性でも?」

「ルキウス殿下は、神出鬼没なのですね。大魔術師だって思い通りの場所に空間移動できるのは、ほんの一握りの方だそうです。ルキウス殿下は本当は魔術師なのでは?」

「私が魔術を使えたら、おかしな術がかかった飲み物を飲まなくて済んだだろうし、魔術をかけた侍女も逃さなかっただろうね」

「逃げられたのですか?」

「普段の私なら逃したりはしない。そのときは不甲斐ないことに、ミックを追わずにはいられなかったんだ」

 ミレーネは笑いを必死で堪えながら、侍女の名前と外見を聞いた。
「それが不思議なことに、侍女に誑かされたと言いながら、その王女は物忘れの術でもかけられたのか、侍女の名前と外見を覚えていなかった。たまたま王女を部屋に案内した係の者が、メルシャと王女に呼ばれた侍女がいたのを覚えていたんだ」

「メルシャ? メルシアではなくて?」
「いや、メルシャだ。メルシアという名前は、確か黒魔導士の逃亡者リストに載っていたような気がする」

 ミレーネは思わず拳を握りしめ、そうだと頷いた。
「メルシアは王弟の娘で私の従姉でしたが、本当は王弟が父親ではなく、黒魔導士の血を引いた悪魔のような人でした。とにかく権力の座に異様に執着するのです。私は彼女に騙されて魔術量を奪われ、女王の座に相応しくないと周囲に印象付けられていました」

「君を陥れて、あわよくば自分が上に立とうとしたのか。ひどい女だ。君の魔力は元通りになったのかい?」

 ミレーネは力なく首を振った。
「少しは戻りましたが、大きな魔法は使えません」

「かわいそうに。あの国は王族なら魔力を持っていると聞く。その中で魔力を持たない王族は、かなり生きづらいだろう。君は魔力と一緒に自信まで失ってしまったんだね」

 ミレーネの目にみるみる涙が盛り上がり、溢れて頬を伝った。ルキウス王子とミレーネ王女の話に耳をそばだてていた人々も、心配そうにミレーネを見る。
 このままでは、しゃくりあげてしまいそうだ。

 ミレーネが逃げ場を求めて、その場を離れようとしたとき、ルキウスが手を差し出した。

「おいで、私のプリンセス。私には魔力はないけれど、君を躍らせてあげることはできるよ。笑わせるのには成功したから、これから何ができるか一緒に試していけばいい。魔力なんか抜きでね」

 これは婚約者として選ばれたということだろうか? 舞踏会はまだ始まったばかりなのに。
 たとえ違ったとしても、今だけは、労わりと優しさをくれたルキウス王子に甘えたい。
 魔力なんかなくても、いろいろなことに挑戦できると諭してくれたことが、どんなに心に響いたか。
 甘えられる立場でなかった私が、ルキウス王子には素直に心を見せられる。

 ミレーネは、目を瞬いて涙を払い、はっきりと映ったルキウスの手に自分の手を重ねた。見計らったようにワルツが流れ出す。
 ルキウスの絶妙なリードで、ミレーネは背中に羽が生えたように感じ、流れるようにステップを踏んだ。
 次々と他のカップルも踊り始め、鮮やかなロングドレスの裾が、右に左に揺れ動く。ルキウスに誘導されてミレーネがくるりとターンをすると、人々の顔が視界の端へと流れていく。
 その一瞬のことだった。ミレーネは、壁際で集まって歓談している者や休憩している者たちの中に、赤い瞳を見た。


次のお話をお楽しみください(*´▽`*)
二人のプリンセス 愛と憎しみの魔法 第九話 舞踏会(3-4)|風帆美千琉 (note.com)

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