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未来思考スイッチ#08 「未来の記憶」のつくり方

未来は自由に決めることができる。

前回(#07)の「かくれた次元」では、私たちが「知覚する世界」と「認識する世界」は、異なる次元であることを述べました。時間軸についておさらいすると、人の視点は、二次元である時間平面上の「認識する場所」にあるため、過去や未来を自由に定義できるのです。

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そして、今回の「未来の記憶」とは、自分のなりたい姿や理想の暮らし・社会を思い描き、あたかもその想像が「実際にやって来る未来」として記憶に定着させることを指します。すでに記憶にある「未来像」が影響し、現実の意識や行動を変えていきます。これが『未来思考』の原則です。

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人それぞれの「未来の記憶」の源泉。

私が「未来の記憶」という言葉を意識するようになったのは、およそ30年ほど前でした。当時、会社の同僚が「未来アイディアは、サイエンス・フィクション(SF)にこそヒントがある。」と言い出し、レンタルビデオ店からSF映画を借りてきては、目ぼしいシーンをビデオプリンターで印刷、未来アイディアのクリップ集で研究レポートを作ったことがきっかけでした。今でいうSFプロトタイピングの先駆けと言っていいでしょう。

確かに、私もSF映画には多大な影響を受けてきました。リドリー・スコット監督による「ブレード・ランナー(1982年)」では、アンドロイドと共生する未来に衝撃を受け、後にこの映画をサラウンドで視聴するためだけに、自宅にホームシアターセットを購入したほどです。主人公マーティンとドク博士が繰り広げるロバート・ゼメキス監督の「バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985年)」も素晴らしい作品です。ハイテクノロジーが溶け込んだポップな未来生活とタイムトラベルは奇想天外で、今でも私の脳裏に浮かびます。極めつけは、スティーブン・スピルバーグ監督の「マイノリティ・リポート(2002年)」。この映画の舞台は2054年ですが、2021年の現在、ここで描かれた多くの未来予測が実現しています。MITメディアラボの研究員やWIRED創刊編集長ケビン・ケリー氏など、未来学者やシンクタンクが製作に参画したことでも有名になりました。「ブレード・ランナー」、「マイノリティ・リポート」、「トータル・リコール」など、影響力のある作品の多くは、原作がフィリップ・K・ディック氏でした。

自覚する/しないに関わらず、自分のアイディアの元を丁寧にたどっていくと、過去のSF体験(主に映画や小説)にその源流があることに気づきます。ここから、記憶は過去が生み出すものという通説に対する逆説、「未来の記憶」という言葉が浮かんだのでした。もしかすると、すでにどこかのSF作家が「未来の記憶」というパラドックスを面白がって使い、いつの間にか私の「未来の記憶」そのものになってしまったのかもしれませんが・・・。

コマーシャルを見て、商品を「買う人」、「買わない人」。

現実を変え、ありたい姿に近づくことができる「未来の記憶」は、どういう原理で効果を発揮するのか、この点について考えていきましょう。

例えば、雑誌やテレビ、インターネットで素敵なファッションを見つけたとします。衝動買いをする人、じっくり悩んで購入する人、必要ないと判断して買わない人・・・。皆さんはどのような行動を取るでしょうか。

商品を買う人の場合、ファッションに包まれた自分を想像し、それが理想の姿として強く印象に残ります。そして、素敵な自分(理想)と、素敵でない自分(現実)にギャップを感じ、そのギャップを埋めるために商品購入を決断します。つまり、理想に向かって行動するわけです。ここでは「現実の自分」よりも「未来の自分(理想の自分)」のイメージが強いことが重要です。

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一方、商品を買わない人の場合、最初は「いいな」と思ったとしても、「理想の自分」のイメージが時間とともに薄れていくと、その「理想」は現実を変えるほどの力強さを持たず、購入には至りません。

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その意味で、衝動買いをする人は、商品を見た瞬間に「理想の自分」という認識が立ち上がり、その勢いで一気に購入まで進んでしまうのでしょう。衝動買いに悩んでいる人は、「理想の自分」が意識に立ち上がっても、それがずっと続くのか、一時的なものかを判断できる時間をつくると、無駄な買い物が減っていくと思います。

このように、「現実の自分」と「未来の自分(理想の自分)」、どちらのイメージが強いかにより、その後の行動が変わります。理想が「未来の記憶」になるためには、現実を凌駕する強さが必要なのです。

時代とともに、「未来の記憶」の概念が変わった。

日本が成長を続けていた昭和の時代、「隣の芝が青く見える」のことわざ通り、自分の持ち物よりも、他人が持っている物の方が良く見えました。例えば、隣人が「カラーテレビ」や「自動車」を買えば、我が家でも欲しくなったのです。「マイホーム」を持つことが社会人のゴールとなり、「百貨店」に行けば海外から輸入された高級品が眩しく映り、これらが当時の人々の「未来の記憶」となり、消費を牽引していきました。

しかし、今ではすべての人がマイホーム、マイカーを求めているとは言えません。物質的な豊かさが飽和したことから、共通の目標は少なくなり、これからは一人ひとりが「未来の記憶」を育んでいく必要があると、私は考えています。

「未来の想像」を「未来の記憶」に変える。

多くの人は、今の環境を「理想」だと思い込んでいます。今が「理想」でないと思うなら、人はそこから抜け出す行動を取るからです。現状のままでいるのは、現状が心地よいからです。この状態を「コンフォートゾーンにいる」と言います。「未来の記憶」とは、このコンフォートゾーンを書き換えることでもあり、コンフォートゾーンの書き換えが弱いと、すぐ現実に引き戻されてしまいます。ダイエットがうまくいかない人は、ダイエットが成功した自分よりも、太ったままの自分(好きなものを食べたり、楽に過ごせる自分)が心地よいから、無意識が「現実」を選択しているのです。

以上を踏まえ、私たちの脳内では、「現実の自分」と「未来の自分(理想の自分)」が勢力争いをしていると考えてください。要は「未来」を強くイメージする、強く刻み込む、強く作用させることが重要であり、「現実」よりも「未来の自分」が勝てば、「未来の記憶」となります。漠然と未来を想像しても、それは「未来の記憶」にはなりません。面白いアイディアを思いついても、そのアイディアが実現するリアリティを脳内で体感しない限り、「未来の記憶」にはなりません。

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「未来の記憶」のつくり方、ビジュアライゼーション。

「未来の記憶」を生み出す方法があります。言語化の「アファメーション」と非言語化の「ビジュアライゼーション」です。

「アファメーション」は、理想の未来を「言葉」で表現し、読み上げ、繰り返し脳内に想起させる方法です。繰り返される「言葉」のパワーは強く、無意識に刷り込んでいくことで、行動が自動的に理想へ向かう状態に変わり始めます。

「ビジュアライゼーション」は、理想の未来を「映像・イメージ」で表現し、それを何度も体験させ、その「臨場感」を当たり前のように感じていく方法です。理想の未来の「臨場感」が手に入れば、行動が一気に変わります。

私の仕事は、新しい企画やデザインを提案することです。提案を多くの人にわかりやすく共有し、その内容を自分事のように感じてもらうことが不可欠ですから、仕事上では「ビジュアライゼーション」を用いる方が効果的だと考えています。(「アファメーション」は個人的なゴール設定で活用します。)

そこで、ここからは「ビジュアライゼーション」の4つの方法について述べていきましょう。

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まず一つ目は、「ビジュアルイメージ」による「臨場感」アップです。

理想の姿を表現した写真やイラストを目の前に用意し、それを毎日眺められるようにします。実現したいことを大きな絵にして説明すると、とてもインパクトがあります。訴えたい人がいる空間に、ポスターや新聞広告風のビジュアルを張り出すなど、工夫次第で見る人の「臨場感」を高めることができます。日常生活でも、自分がなりたい憧れの人や欲しい物の写真を目に入る場所に貼ると、「未来の記憶」として威力を発揮します。

二つ目は、「3Dプロトタイプ」です。

理想と思うものを形で表現してみましょう。単なる立体物に留まらず、音や匂い、動き、触感まで体験できると、ビジュアル以上の「臨場感」を高めることができます。「3Dプロトタイプ」は実感が湧きやすいので、様々な意見も集めやすくなり、理想に向かって活動が加速するはずです。

三つ目は、「現場の体感と専門家ネットワーク」です。

ターゲットとなる現場に入り込み、詳しい人たちとつながることで、時間の変化まで取り込んだ「臨場感」を得ることができます。慣れない有識者の集まりやレセプション、パーティなどにも勇気を出して参加しましょう。先ほどの「3Dプロトタイプ」を持ち込んでの実験・実証など、想像だけでは生まれなかった新たな気づきが見つかるはずです。

そして四つ目は、「環境を変える」です。

実際にターゲットとする場所で働いてみる、活動してみる、住んでみることで、360度&365日、その臨場感の中で過ごすことができます。イノベーションを体得したいならシリコンバレー、多様性のある情報を得たいならニューヨークなど、目的によって変えるべき環境は様々でしょう。

私の研究所では、これら4つの順番で開発投資をしていきます。研究当初は「ビジュアルイメージ」で成果をアウトプット、軌道に乗れば「3Dプロトタイプ」、「現場の体感と専門家ネットワーク」へと投資を拡大します。そして、実践段階では「環境を変える」ために研究者を異動させることもあります。段階が進むほどコストもかかってきます。

「ビジュアライゼーション」について4つの方法を示しましたが、その他のやり方もあるかと思います。皆さんなりに進化をさせてみてはいかがでしょうか。

松下幸之助のビジュアライゼーション。

最後に、私が勤める会社の創業者である『松下幸之助』について触れたいと思います。松下幸之助は、1918年に「松下電気器具製作所」を創立しました。その後、産業人としての真の使命を悟り、経営理念の確立とともに、事業拡大に邁進していきます。現在のパナソニックです。

創業から30年以上が過ぎた1952年1月、初のアメリカ視察を行います。ヘンリー・フォードの自叙伝(1924年発行)に多大な影響を受けていた松下幸之助は、アメリカから多くのことを学び取ろうとしたはずです。当初の予定から大きく延びて、視察の滞在日数は80日間に及びました。企業の工場見学はもちろん、多くの都市を訪れたわけですが、私が気になったのは、滞在中の半分ほど、夕食後に一人で映画を観に行っていたというエピソードです。おそらく、映画の中に登場する「アメリカの繫栄した暮らしと社会」をその目に焼き付け、「ビジュアライゼーション」を繰り返したのではないかと思います。映画の後は街を歩き、道がきちんと清掃されてキレイなことに感心し、家庭電化の徹底やご婦人がよく働いていたことにも大変驚いていたそうです。さらに体感を加え、「ビジュアライゼーション」を実践していたのでしょう。

「アメリカの今に日本の未来がある。」と感じた松下幸之助は、繁栄の「臨場感」を自分の中に吸収します。すなわち、「未来の記憶」を携えて帰国したのです。帰国後は、技術開発の加速、海外企業との提携、私が所属することになるデザイン部門の設立、高賃金や週休二日制の導入など、理想の暮らしと社会を実現するための政策を次々に繰り出します。私見ですが、松下幸之助は、経営理念に基づく「ゴール設定」とその「ビジュアライゼーション」の天才だったのではないかと思うのです。

そう考えれば、世の中を変革してきた偉人たちは、すべからく「未来の記憶」に磨きをかけ、「日に新た」な歩みをしてきたのではないでしょうか。

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