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未来思考スイッチ#09 「逆・マズローの法則」がこれからの常識

私のコーヒー原体験。

毎朝、私はスペシャリティコーヒーを飲みます。そんな日常を潤してくれるコーヒーを話題に、『未来思考』について考えていきましょう。

私とコーヒーの最初の出会いは「銭湯」でした。風呂上がりに飲む、ビン入り「コーヒー牛乳」が一番古いコーヒーの記憶です。牛乳でもなく、フルーツ牛乳でもなく、なぜかいつも「コーヒー牛乳」でした。銭湯に通った時期ですから、4~5歳の頃です。

次の記憶は、祖母に買ってもらった「コーヒーガム」です。発売はロッテ。いつも妹と一緒に食べていました。「コーヒー」という言葉や味に、子どもながらにハイカラを感じていたのでしょう。8~10歳の頃です。

同じ頃、祖母と一緒に暮らしていたゴルフが趣味の叔父さん(母の兄さん)は、いつも「インスタントコーヒー」を飲んでいました。1975年辺りだったと思います。調べてみると、日本でインスタントコーヒーが輸入され始めたのが1950年代で、国産は1960年以降です。1970年代は、コーヒーが大衆文化として定着していった頃と言っていいでしょう。「コーヒー=大人」、「なんとなくカッコいい」のイメージが子ども心にありました。

そして、私が小学校高学年になったある日、母が喫茶店を始めます。我が家がコーヒーを提供する店になったのです。店には「ブロック崩し」のアーケードゲーム機があり、これにも驚きました。「スペースインベーダー」が登場する前の話です。

大学生になると、私は喫茶店でアルバイトを始めます。毎日、ドリップコーヒーをお客様の前で淹れ、接客、皿洗い、掃除など、調理以外は何でもこなしました。小さな店なので、日常はのんびりしています。豆の量を変えたり、湯の入れ方を工夫してみたりと、空いた時間でドリップの訓練をします。おかげで、豆の香りで銘柄を当てることもできるようになりました。しかし、どんなに私が試行錯誤を重ねても、マスターの入れるコーヒーの味には勝ることはできず、この時、コーヒーの奥深さ、面白さに目覚めたような気がします。

喫茶店での勤務は1年ほどで終わり、その後はバーテンダーへと職を変えていきます。コーヒーを飲む毎日は続きますが、幼少の頃から続いたコーヒー原体験はひとまずここで幕を下ろします。

珈琲焙煎プロジェクト、始動。

大学卒業後、家電メーカーに入社し、私はデザインの仕事を始めるようになります。製品の形(外)よりも、企画やサービスといった中身(内)のデザインが中心でした。2000年頃からは、ネットワークにつながる家電やサービスの企画を担当していきます。ネット家電に関するコンセプトをまとめ、幹部が社外に発信するサポートを行い、また、学会や企業研究会などに招かれ、家電とサービスの進化を論じることもありました。

それから随分と月日が流れた2014年のある日、「コーヒーに関する商品」の相談が舞い込みます。簡単に言うと「マイクロ焙煎という技術がある」、「ネットワークに接続し、焙煎プログラムを送受信できる」、しかしながら「焙煎サービスは事業として成り立つのか」、「この事業に社会的意義はあるのか」、「これらを一緒に考えてほしい」といったものでした。

自動でドリップするコーヒーメーカーは、商品として実績がありましたが、「珈琲焙煎」は全く新しいチャレンジでした。家庭で焙煎できる商品は、韓国メーカーなどに見つけることができても、焙煎具合にバラツキがあり、品質が良いとは言えません。「家庭向け珈琲焙煎」は未完成の市場であり、だからこそ、新規事業テーマとして「面白い」と直感しました。私の幼少からのコーヒー原体験とサービス企画の経験があったこともその要因かもしれません。ふつふつとワクワク感がこみ上げ、プロジェクトを進めていきました。

通常、プロジェクトには多くのメンバーが関わります。このプロジェクトも同様です。デザイナーだけでなく、事業企画者、マーケッターなど、いろんな専門家のスキルが必要となります。このプロジェクトをリードしたメンバーの奮闘記は、「AXIS 2020年4月増刊号_パナソニックデザイン」の31ページに特集されていますので、是非、ご覧になってください。

3つの想い

私の役割は、構想メンバーとして企画の背骨をつくることでした。技術があるから商品を考える、新事業を立ち上げたいからサービスを考える、といった手順はそもそも間違っています。これでは自分中心/自社中心の発想です。まずは、企画そのものが面白くなければなりません。そこで、私が明確にしようと思ったのは以下の3点でした。

 ① 家庭向け珈琲焙煎は、市場として魅力的なのか
 ② 珈琲焙煎サービスは、技術的に挑戦に値するテーマか
 ③ 長期的な視野に立ち、暮らしや社会を変革する価値があるのか

どちらにせよ、これらの要件をわかりやすく伝えることができなければ、社内で企画を通すことはできません。私は『未来思考』を使って、この3つに想いを込めることにしました。

珈琲焙煎 - ①市場としての魅力。

これまでのコーヒー市場の変遷を簡単に振り返りましょう。1960~1970年代、コーヒーの大量生産・大量消費が加速します。喫茶店文化の浸透も手伝って、嗜好品として普及していくこの時期が「第1の波」と言われます。先に述べた私のコーヒー原体験は、この頃のものです。

2000年代に入ると、スターバックスやタリーズコーヒーなど、コーヒーチェーンによる「第2の波」が訪れます。深煎りされたコーヒーでより味を高めていき、エスプレッソ系、ラテ系のアレンジメニューが増えていきました。テイクアウト文化が広がったのもこの頃です。

そして2010年代、ブルーボトルコーヒーに代表されるハイエンドなコーヒーが登場し、「第3の波」、サードウェーブが興ります。スペシャルティーコーヒーと呼ばれ、専用農家からの調達、焙煎、淹れ方までにこだわるスタイルが拡がっていったのでした。

このように、コーヒー文化の変遷を見ていくと、明らかに多様化へと進んでいました。そして、多様化の先には、「個々人に最適な味」、「誰が作ったのか」、「どのような淹れ方をしたのか」など、細部のこだわりへ進化していくのは必然でした。このトレンドの上で、「珈琲焙煎」の市場はどう位置付ければいいのでしょうか。

図1

この図は、一般の人が手にできるコーヒーの値段をざっくりと比較したものです。もちろん、メーカーや銘柄により、値段は大きく変わりますから、あくまでもイメージとして読み取ってください。例えば、インスタントコーヒーなら一杯あたり16円、焙煎された市販のレギュラーコーヒーは30円、ネスレのコーヒーマシン用カプセルなら70円くらい。こだわって焙煎されたスペシャリティコーヒーの焙煎豆なら80円くらいからでしょうか。

では、スペシャリティコーヒー相当の生豆(焙煎される前のコーヒー豆)の値段はいくらかというと、当然ながらピンキリですが、私の見立てで20円くらいに設定してみました。すると、焙煎前と焙煎後ではその差が「80円-20円=60円」となり、60円が「焙煎で生まれる付加価値」と捉えることができます。言い換えれば、豆よりも焙煎の方が価値が大きいのです。

ここから、「珈琲焙煎」という市場の位置を見える化し、従来は大量の豆しか焙煎できなかったものを、少量の豆でも焙煎できるという市場に変えていけるかもしれないと考えたのです。

珈琲焙煎 - ②技術的な挑戦領域。

次の課題は、「この新たな市場に競争力を持って参入できるか」でした。私は喫茶店での経験はあっても、焙煎の経験はありません。自宅での「網焼き焙煎」、簡易な小型機械による「熱風焙煎」、専門家の元での「焙煎教室」など、焙煎の科学を少しでも理解したいと思い、いろんな方面で体験を重ねました。そして、わかってきたことのひとつが、コーヒー豆は単に焼けばいいというものではなく、どんな焼き方をするかによって、引き出せる味が変わるということでした。

下図は、その一例です。コーヒーの生豆は「水分を含んだ木の実」です。この実を熱で焼くわけですが、「豆の温度を上げて焼き、後で水分を抜く」のか、「じっくりと豆の水分を抜き、乾燥させ、カラッと焼く」のかで、最終の焙煎豆に至る「温度と湿度の通り道」が変わります。この道のりで味が無限に変わるのです。(※下の図はわかりやすくするため、道のりを誇張して表現しています。)

図2

これまでの焙煎は、焙煎士の豊富な経験と勘、試行錯誤の結果で美味しいコーヒーができていました。言い換えれば、「温度と湿度の通り道」を一人ひとりの焙煎士が発明していました。世界各地のコーヒー豆、一つ一つの銘柄で焙煎データは異なります。更に、焙煎士の個性でそれはもっと広げることができます。なるほど、この「珈琲焙煎プロジェクト」は、焙煎士の発明品である「温度と湿度の通り道」をデジタルデータ化し、流通できる環境を開発するのであり、これが技術の挑戦領域なのだと気がついたのでした。

そして、プロジェクトメンバーは家電に対する概念まで変えていきます。従来の家電は、開発した制御プログラムを機器に実装することで完成していました。しかし、今回は違います。「珈琲焙煎」という制御プログラムは、「温度と湿度の通り道」というデジタルデータとして、豆ごとに変わっていきます。つまり、制御プログラムはユーザー(焙煎士又は利用者)によって開発されるのです。これにより、家電は共通の味を作る装置から、一人ひとりが開発者となり、十人十色/百人百色の再現性を持った機能を発揮できる機器に変わることができるのです。

図3

珈琲焙煎 – ③暮らしや社会を変革する価値

「珈琲焙煎」の市場や技術について、大きな方向性が見えてくると、この取り組みの本質が徐々に明らかになっていきました。極端な話になりますが、将来、私たちは世界のコーヒー農園から「生豆」を仕入れ、世界の焙煎士から「焙煎データ」を仕入れ、それを自宅でドッキングさせながら、いつでも・どこでも、自分好みの「珈琲焙煎」を楽しめるようになるのです。大手の商社や大手のメーカーばかりでなく、小さな農園や個人の焙煎士の方々が、世界を対象にビジネスができる、まさに自由流通の世界を実現する可能性を秘めていました。

図4

誰もが「珈琲焙煎」に取り組める。

このプロジェクトのおかげで、私自身の意識も変わりはじめました。焙煎のスキルを個人にエンパワーメントすることから、「自分も焙煎士になって、昔みたいに喫茶店をやってみようかな」と思えるようになってきたのです。

この欲求、マズローの法則に則れば、「自己実現欲求」に当たるのではないかと思います。「自分らしく生きたい」、「好きなことを仕事にしたい」、「自分にしかできないことを社会に還元したい」。そして、私の妄想は更に続きます。

「コーヒーショップを開くなら、自分で世界の豆を仕入れたいな。できれば、優良な農家を廻って、交流もしたいな。」

「良い豆を仕入れるだけでなく、良い焙煎でさらに価値を高めれば、ブロックチェーン技術やフィンテック技術で利益を農家に還元できるな。」

「そんなことができたら、搾取されがちな農家の人々の豊かさや安心につながるといいな。」

「こんな活動が、私だけでなく多くの焙煎士やコーヒー産業に拡がれば、紛争や差別のない平和な社会ができるかもしれないな。」

「2050年には世界人口が100億人、平均寿命は100歳近くになるだろう。安心・安全な水や食料、そのための農地。自分はそんな社会に貢献できるかな。」

図5

このような妄想を描いた私の思考は、マズローの法則を突き抜け、上の図に示したように、ぐんぐん上に昇っていったのでした。自分が「珈琲焙煎士になる」という未来を想像すると、それを基準にして『未来思考』が拡がっていったのです。

そして、拡がった上の逆三角形をよく見てみると、マズローの法則の三角形を逆向きにしたような形になっていることに気がつきませんか。そうです。ここから、私は「逆・マズローの法則」というひらめきを得たのでした。

図6

「マズローの法則」の三角形は、上から始める。

多くの人は、マズローの法則を「5つの欲求がピラミッド状に並び、低次の欲求が満たされるごとに、その上の欲求に移っていく。」と理解しています。それはそれでとても理にかなっていると言えますが、低次欲求で困ることのない現在の日本や先進国では、この理解はあまりにも硬直化しすぎていると思います。私の『未来思考』では、「逆・マズローの法則」の活用をお勧めします。

図7

まず先に、「自己実現欲求」となる「ありたい姿、理想の暮らしや社会」を描くことからスタートさせるのです。「自己実現欲求」が「未来の記憶」として定着できれば、「承認欲求」につながる自己の能力や社会的立場の形成に向かって、無意識が活動を始めます。そして「社会的欲求」を満たす環境や支援体制も整っていきます。後は「安全欲求」や「生理的欲求」の更なる充実により、ピラミッド全体が強固になっていくでしょう。

いかがでしたでしょうか。

今回は私のコーヒー原体験から、『未来思考』の展開例を述べてみました。通常のマズローの法則も十分に活用できるツールです。これに、この「逆・マズローの法則」を加えて、皆さんのマインドがもっと『未来思考』に変わっていく、そうなってくれると嬉しいです。

皆さんの夢の実現に、「逆・マズローの法則」を是非お役立てください。

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