経済史の知識がどう役立つのか?
現代での生活と経済史とがどうつながるのか。動機ばかり言っていないで、少し具体的に便益を確かめることから始めよう。
経済史を学ぶ便益まとめ
資産運用だけでなく、職業選び、買い物、設備投資など日常の生活や普通の仕事にも、経済史で扱うテーマが関わっている。変化の激しい時代においては、 経済史は羅針盤のようなものだ。いまこそ(数学とか現代思想よりもはるかに)始めやすく続けやすい、経済史の勉強を始めていきたいところだ。
経済史は直接的な教訓を与える学問
現代のグローバル経済は、 米中対立、ウクライナ戦争、インフレーション、金融不安など、複雑な課題に直面している。資産運用だけでなく資源調達とか食糧確保だとか、日常的な面でも、経済史から得る教訓は無視できない。
たとえば、世界恐慌、日本のバブル崩壊、リーマンショックといった過去の経済危機は、失敗回避のための知恵を直接的に与える。危機発生がどのように起こるのか拡大するのかを説明してくれる。
市場心理、政策対応などを理解し、共通点と相違点をわけて眺めることができる。現代に蘇るリスクを予想することに役立つ。
データサイエンスや大規模言語モデルなど具体的な分析技法や計算インフラもある。最新テクノロジーもいまや当たり前に使って、大規模なセンチメント分析に取り組むこともできる。計量社会学などの新しい分野をつかって検証できるわけだ。
世界恐慌後の金本位制崩壊、リーマンショック後の量的緩和政策など、 政策対応の影響を長期視点で分析するのが経済史の意義である。将来の経済危機が発生した時に、適切な投資判断(早めに引き上げる)をするのに助けとなる。
現在進行中のインフレーションは、1970年代のオイルショック後のスタグフレーションを想起させる。70年代の政策対応の成功と失敗を知れば、現在のインフレ対策の効果やリスクを見極めることができる。現実の複雑さの中で、自分なりに多少のナビ、すなわち教訓が得られる。
国際通貨システムの変遷
金本位制、ブレトンウッズ体制、変動相場制という言葉はきいたことがあるだろう。国際通貨システムの歴史を学ぶことで、為替変動、国際資本移動、金融政策の影響を予想できる。
具体的にいえば、グローバルに生じるリスクから、うまく自分の資産を防衛できる確率を高めることができる。現在の変動相場制の下では、各国の金融政策や経済指標によって為替レートが変動する。だから、過去の為替レート変動のケースを参照することで、将来のありえる為替変動リスクを具体的に想定できる。
どの為替が企業業績に影響するか、あるいは外貨資産を保有する場合の元本割れを防ぐか。リスク情報のありがたみがわかる。為替リスクがわかっていれば、アセットアロケーションの失敗を防げる確率も高まるからだ。
投資をしていなくても、普通に仕事のなかでも無縁ではない。たとえば営業マンなら与信管理であるとか、調達関係ならサプライチェーン上のリスクという形で、具体的に危ない箇所を特定するのに役立つ。
米ドル基軸通貨体制の将来性や、人民元の国際化の影響など、さまざまな問題が立ち現れる。国際通貨システムの動向を予測する上で、 経済史の知識は良い教訓とか具体的なリスク回避策を与えてくれる。
経済大国の興隆と衰退から学ぶ
言わずもがな、19世紀のイギリス、20世紀のアメリカといった経済大国の歴史は、現代の世界秩序に直結している。もちろん、経済成長、技術革新、覇権の移り変わり、衰退の要因を理解しておくことは、 さまざまなシナリオを具体的に想定するのに役立つ。
資産運用では大逆転を目指した一発勝負がよくない、と別記事でも述べた。致命的な失敗をせず、長い時間をかけて利回りを得るのが資産形成の核心だということは再三いわれている。
だが、ヒトの認知特性のせいで、不測のピンチの事態ではどうしても感情的な直対応をしてしまうものだ。「長期的な投資戦略」など一瞬で吹き飛んでしまう。
長期戦のなかで失敗を減らすために重要な視点とは、予め心構えをつくっておくことである。つまり「こうきたら、こう返す」という、囲碁や将棋の封じ手のようなものを事前に決めておくことだ。そして目先の変動に一喜一憂せず、機械的に選択肢を決定・実行することである。粛々と淡々とやることなのだ。
「淡々と日々のタスクのようなこなす」ためには、局所的な解決策ではなく、全体観とか大局観が欠かせない。現在の米中対立の構図などは、大局観の最たる例である。米中を論じるうえでも、過去の覇権国の歴史は貴重な教訓を提供する。
たとえば中国経済の台頭。19世紀後半のアメリカやドイツの台頭が歴史にはあった。中国経済の将来性やリスクが指摘されているが、米独の経済停滞やブロック化や戦争突入という歴史を知らずには考察しえない。
まして中国の世界経済への影響について、 宇宙空間やサイバー空間まで関わっているいま、より深い洞察を得る必要がある。勢いが衰えたとはいえ、中国が軍事経済の両面で台頭している。他方で米国では国内政治の分断、 財政赤字の拡大、 社会の不安定化など、 多くの課題を抱える。
未来予測に取り組む立場なら、やはり過去の覇権国の衰退プロセスを分析するのが重要だ。経済思想論とは異なり、経済史では経済統計指標や経済分析モデルによる実証的分析での検証が可能だ。
定量化計算によって、現在の米国・中国の状況を精密に評価することができる。まさにデータサイエンス全盛期での、世界経済の動向予測のスタイルにつながる。
技術革新の影響
産業革命、情報革命が経済構造、社会構造、投資環境に与えた影響を知ることは、将来の技術革新がもたらす機会とリスクを予測するのにより直接的に役立つ。
イギリス産業革命における綿織物産業の勃興、現代のデジタル化のなかでの新興国の台頭がある。技術革新が特定の産業や地域に大きな影響を与える。技術単品では工学的設計の問題になってしまう。より重要なのは社会的影響の見通しのほうだ。
新技術に積極投資するのか、重点分野だけに絞るのか、といった経営戦略が問われる。とくに日本が仮にまだ「少資源・技術立国」なるものを目指しているとしよう。どんな分野で研究開発を集中するかを企業は選ばないといけなくなるわけだ。
大企業の研究開発部門だけの話では収まらない。原材料や生産設備などの周辺分野も更新が必要になる。一般大衆もかかわり、社会的影響がかなり大きいものになる。
「流れを読む」とか「先読み」とは、まさしく、もたらされる社会的影響を見極めることである。いまならAI、ブロックチェーン、再生可能エネルギーにおける技術革新は、 実際に経済成長や投資環境に大きな影響を与えている。過去の技術革新の事例を参照すると、新技術への投資機会およびリスクを把握することにつながる。
EV(電気自動車)シフトが一斉に来ると一時言われていた。実際には電気自動車は補助金頼みのビジネスにすぎなかった。補助金による経済合理性がなくなると、EV需要がアメリカでもドイツでも激減し、いまはPHEV(プラグインハイブリッド電気自動車)やPHV(プラグインハイブリッド自動車)の需要が旺盛である。EVだけに全集中してしまった日産は、技術開発ポートフォリオの構築に失敗し、いま窮地に立たされている。
一方で、トヨタはマルチパスウェイという戦略をとり、あらゆる動力方式を開発し続けて最高益を達成している。電気自動車の美辞麗句だけに踊らされず、経済という現実を鋭く分析することが明暗をわけている。
歴史は繰り返さないが韻を踏む
歴史を紐解けば、送配電における高電圧の方式にも直流と交流での雌雄を決する議論などがあった。
歴史は繰り返さないが韻を踏むので、別形態だが本質だけ時代を超えて現れる。なにが本質なのかを教えてくれるのが、ほかでもない経済史である。
技術同様に、過去の経済危機と全く同じ状況も二度と起こらない。 経済構造、政治体制、技術レベル、市場心理などは常に変化している。 過去の事例を安易に現代に当てはめることはできない。
重要なのは、歴史的なパターンや法則性から学び、 現代の状況に合わせて適切に解釈して応用することだ。
過去の金融危機は、 過剰なレバレッジ、 不透明な金融商品、 規制の不備などが原因で発生していた。 現代の金融システムでは教訓を踏まえ、 より強固な規制やリスク管理体制を構築していることに気づく。
ただし、新技術の登場やグローバル化の進展によって、新たなリスクが生まれている可能性もあります。 局所的な問題解決が、システム全体においては新しい問題を引き起こすことが多いのだ。
おとぎ話を思い出せばいい。「幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」ではない。人生が長いので、おとぎ話の登場人物たちにも、その後さらに人生の修羅場が何度か訪れてくるはずである。
したがって、経済史による過去の教訓を活かしつつ、金融システムに潜む現代特有のリスクを念頭におくことが必要だ。
いいかえれば、克服したことについては忘れていい。どこが重要なのかがわかることだけで、ずいぶん判断は早く正確になる。
バブルと崩壊の繰り返し
私の立場では、ここが重要である。
経済史には、チューリップバブル、南海泡沫事件、日本のバブル崩壊など、多くのバブルと崩壊の事例ばかりである。バブルは、楽観的な期待や投機的な行動によって形成され、 崩壊は、現実との乖離が大きくなりすぎた時に起こる。
バブル崩壊は、投資家に大きな損失をもたらし、社会不安の増大と失業をもたらす。資産運用においては、 バブルの兆候を早期に認識し、 適切な逃げの判断が不可欠だ。
過去のバブル崩壊の事例を研究し、 現在の市場状況のなかでのバブル崩壊の発生源のあたりをつけておくのが大切といえる。
いま具体的には、AIと半導体ということになる。他方で、かつてのバブルは土地だった。共通点がないように見えるが、金融システムではどう見えているのか? 興味をもったのなら、経済史に入門するときである。
地政学リスクの高まり
経済史は、戦争、紛争、政治体制の変化といった、地政学的な要因が経済活動に影響することを示している。実際に、米中対立の激化、ロシアのウクライナ侵攻など、目に見える形で地政学リスクは高まってきた。
地政学リスクは、 資源(原材料、エネルギー原料)と金融資産(為替、株式、債権)のほぼすべてについて影響を与えている。
緊張が高まっている地域にかかわる取引や投資をする際には、財産喪失の可能性も視野に入れて検討が必要だ。 国際情勢が変化すると、ビジネス、投資、日常消費において方針や戦略を見直さなければならない。
今まで通りの生活が安定して再現できる保証はない。インフレ下の値上げに一喜一憂していては、資産防衛などおぼつかないということになる。むしろ、うまい話にだまされてしまう、内面的心理リスクさえ注意すべきだ。
金融システムの脆弱性
経済史は、金融恐慌、銀行破綻、通貨危機など、通貨以外の金融システムが内包する脆弱性も検証している。
現代の金融システムは、グローバル化、複雑化、相互依存が進んでいる、 一つの金融機関の破綻が、全国的・世界的な金融危機に発展する。分散投資が重要だといわれるのも、リスク管理が、本質的にシステムの要請ゆえである。
デジタル通貨やDeFi(分散型金融)といった新たな金融サービスが登場している。金融システムの構造はさらに複雑化しているわけだ、。
フィンテックによる金融イノベーションは、 投資機会を拡大して利便性を高めてくれる。同時に、新たなリスクを私たちに供給する。テクノロジーの進化とリスクの変化は表裏一体である。
スキマバイトアプリで闇バイトが明るみに出た。フィンテックアプリの問題は金融政策や業界規制などに根付いていて、しかも時間差で膨れてきて目に見えにくい。闇バイトのようには簡単には見つけられないかもしれない。
サブプライムローンの焦げ付きによるリーマンショックで倒産したリーマン・ブラザーズも、破綻する前までは、最高の格付け評価を得ていたことを思い出すべきだ。
経済史は羅針盤
グローバル経済は不確実性に満ちている。 経済史を学ぶことで、 過去の出来事から教訓を 引き出せる。
部分的でも未来を予測する洞察力を高めてくれる。リスクを抑えながら、 より効果的な経済活動の判断ができる。