雨の日の車庫入れ
大雨が続いていますね。皆様被害はないでしょうか…。
雨の日に時々思い出す人がいる。いつだかお世話になっていた会社の同僚だ。私よりも二つほど年上で、社長の同級生だった。横柄な社長と比べて温和で優しい人だった。兎に角腰が低くて、丁寧。だけど時々、優しさが行き過ぎて迷惑がられたり、大失敗したり、嫌われたりする人だった。何事も過ぎるとダメなのねと知らしめてくれる人だった。
会社の横の空き地を駐車場にしていて、順々に来た人から車を停めていた。その一番奥に倉庫があったのだが、滅多に開けることはなく、中に何がしまってあるかさえ知らずにいた。ある日、隠居生活をしている社長のお父さんが、倉庫を開けたいが車が邪魔だとふらりとやってきた。はたと、自分の車がその原因の一台になっていると思った私はすぐに移動させようと立ち上がった。すると、僕もだ!とその彼も立ち上がった。二台を動かした方がスペースが広く空くと考えてのことだったのだろうと思う。その日は雨が結構強く降っていて、二人で傘をさして駐車場へと向かった。
僕が先に動かすよと走り出し、車をバックさせて別のスペースへと車をバックで動かしてく。ん?少しズレてるな…。それじゃあ、私の車が入らない。そう思ってみていると、もう一度車を前に出したので、もう一度停めなおす様を眺めていた。同じ軌跡を動いた。ズレている。もう一度前に車が出る。また、同じ軌跡。私はどしゃ降りの雨の中立ち尽くした。後2度繰り返したら、私が先に動かします!と言おう。そう決めて眺めていた。「私が…」と車の中の彼にジェスチャーして見せたが、彼は「大丈夫!」と笑顔でOKマークを指で作った。そう笑顔で言われては、待つしかない。ま。いつか入るだろう。待つしかない。だが、同じ軌跡を繰り返し、雨で緩くなった土に轍が出来上がっていた。逆に考えれば、これだけ同じ軌跡を通る方が難しいかもしれない。しかし、これは何かの競技ではない。ただ、倉庫を開けるために車をどかすだけだ。もう、笑えて来た。後、何度出たり入ったりを繰り返す気だろうか。そう思ったとき、ブーンとひと際大きなエンジン音がたった後、肩を落とした彼が降りてきた。私は彼に何も言わせない速さで「分かった!私がやってみるね。」と自分の車に飛び乗った。彼が掘った軌跡とは反対側のスペースへ車を納めた。残った一台分のスペースへ彼は再チャレンジする。両サイドに車が停まっているスペースへの駐車は彼にとってはいくらか簡単だったようだ。傘をさして戻る間、彼は「どうしたんだろう」と苦笑いながら申し訳なさそうに繰り返し、優しい彼は「上手いなぁ。車庫入れ。」と私を褒めた。が、私は至って普通の技量です。
車庫が開けれますよと社内に戻ると、もう社長のお父さんはいなかった。いったい何の時間だったのか…。何か知らんが取って帰らんかい!私は彼の代わりに少し大きい声でつぶやいた。
雨の日、バックでの車庫入れをする時には彼のことを思い出す。悪い人じゃないけど、過ぎる彼を思い出す。