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般若顔

「私、怖い顔してるやろ?」
そう言うのは母だ。それを聞いて、
そんなことないと、即座に答えられない私。

いつか書いたが、母はべっぴんさんである。自分の親のことを言うのは変だが、本当だ。べっぴんさんなので、普通にしていても目立ってしまう。
小学生の頃、その目立ってしまう母親が来る参観日が苦手だった。私が良く思わないことを知った母は、学校に来る時には地味な色の服しか着なくなった。少し罪悪感を覚えた私だったが、それでも母は目を惹いた。
父と結婚してお金には苦労したと思う。父は真面目だったが、お金のことに関しては良い時も悪い時も、母に任せっきりだった。長い結婚生活、父が亡くなるまで、良い時は一時、その一時のお陰で私達姉妹は大学に進学できた。良い時はいいが、悪い時の工面は辛かったと思う。悪い時が長く続いた挙句に倒れた父。母はずっと長くお金の心配ばかりしていた。
何時だったか、銀行から出てきた母を見かけたことがあった。険しい顔で出てきた母に私は声をかけることが出来なかった。

怖い顔というのは、どういう表情をもってそう見えるだろうかと自分の顔を鏡に映して見てみた。眉間の皺だろうな。眉間の皺。半世紀近く生きてきたら、私にも眉間の皺が刻まれつつある。最近、気になってきた。どうやら、寝ている時により刻まれているようだ。安らかではなく、険しい顔をして眠っているらしい。加えて、老眼がきつくなってきているせいもある。
眉間の皺を改善したく、色々とググっていたら、面白い情報をゲットした。
口角を上げると眉間に皺がよりにくいそうだ。口角をあげる筋肉と眉間に皺をよせる筋肉は同時に使いにくいらしい。良く笑えばいいんじゃないか?安易にそう考えた。ということは、裏を返せば、近頃笑顔が減ってるということか…?導き出した答えに200%しっくり来た。
何年か前、知人の結婚式に招待されて、いくつか撮った写真の自分を見て愕然とした。自分では最強の笑顔で撮ったはずが、全く笑えてなかったからだ。無理くり頬が持ち上げられているだけで、苦笑いしているようにしか見えなかった。確かに出席したくなかった式だった。そうも言えない事情で出席したが、ついでに呼ばれたようなもので、テーブルの名前も間違って書かれていたぐらいだ。そもそも、自分よりもまだイケていない人はいる…ということを確認したい時だけ会いに来るような知人だった。
それにしたって、その時の笑顔は最低だった。
怒っているか心配しているか、困っているか苦しんでいるか。眉間に皺がよる原因は色々ある。眩しかったり見えなかったりもある。おおよそ、不快な気持ちの時である。

「眉間の皺はくっきりだしね。」
そう言って母は情けない顔をした。パーキンソン病によって、表情が乏しくなっていることも重なっているが、母も笑顔が下手になっていたんだと思った。お互いに眉間の皺を指で摩りながら、落胆した。
「般若みたい…。」
なんて自虐的なワードを口にするんだ…母よ。その通りではないか…とため息をつきかけると、
「白州正子も般若顔って言われてたわね。」
と呟いて、キュッと背筋を伸ばした。
「いいわ。般若顔で。」
何かを明らめたように、自分だけ先へ行ってしまった。
皺はひとつづつ集めてきた智慧の証、そう思えば勲章のようなモノかもしれない。ヘラヘラ笑ってたんでは騙される(←誰にやの?)。
般若が笑う時、その笑顔は最高かもしれない。
私はまだ般若顔になりきれていない。中途半端が一番ブサイクだ。
まだまだ時間をかけて般若顔に磨きをかけたい。

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