根本佳代子|Kayoko Nemoto

福島県出身。ポートレート・スナップを中心に、関東を拠点に活動中。 キヤノンギャラリー銀座・大阪「光を紡ぐ」 川風のガーデン「光を紡ぐ-薄陽-」 CO-CO PHOTO SALON「仄灯り」 https://kayokophotography.myportfolio.com

根本佳代子|Kayoko Nemoto

福島県出身。ポートレート・スナップを中心に、関東を拠点に活動中。 キヤノンギャラリー銀座・大阪「光を紡ぐ」 川風のガーデン「光を紡ぐ-薄陽-」 CO-CO PHOTO SALON「仄灯り」 https://kayokophotography.myportfolio.com

最近の記事

川風のマーケット

「光を紡ぐ」は、先の見えないコロナ禍の中で生まれた作品です。えも言われぬ不安が世界を覆い尽くしていた時、一枚の葉に山を見出すように、身近な小さな景色の中に微かな希望を見つけていました。この作品は、不確実な未来への恐れがありながらも、希望を見失わないという強い意思表示でもありました。 そして今。戦争、気候変動、頻発する自然災害、経済的不安、そしてSNSでの誹謗中傷や分断。刹那的で刺激的な情報に溢れかえったこの世界で、私は再びこの作品を手繰り寄せたくなりました。 真の救済とは

    • 空を見上げた日

      自分の周りで大切な人との別れが少しずつ増え続けています。それは私だけでなく、誰の身にも、起こり続けていることだと思います。 若い頃、実家の福島に帰省すると、祖母にはダメージすぎるジーンズや高いヒール、派手な色のスカートについて、よく注意され続けたものでした(写真を始めてからは動きづらさもあり、卒業しました)。けれども、ここ数年、帰るたびに祖母は「そろそろ(天国の)じいちゃんのところに行くんだ。もう長くないからね」と語るようになりました。その言葉に触れるたび、否応なしに死という

      • 雨花

        ここ一週間、しっかりと風邪をこじらせていました。夜になってようやく体調が落ち着き、ふと好きな作家さんの新刊を思い出して、近所の書店に向かいました(本は書店で書う派です)外に出ると、しとしと降る小雨の中、遠くから「どーん」と響く多摩川の花火大会の音が聞こえてきました。家から多摩川までは結構距離があるはずなのに、音だけは鮮明です。 建物の隙間から見える場所を探してみたけれど、どうしたって音しか聞こえません。求めれば求めるほどにそれは遠ざかる気がしました。欲しいと思うと手に入らな

        • 夏の果て

          西の空が徐々に暗くなり、光を纏っていた東京も、その輝きを静かに失い始めました。重たげな雫がぽつりぽつりと落ちてくる、遠くから雷が聞こえてくる。低気圧の影響なのか、頭痛がひどく、体はまるで鉛のように重たい。 昨日、男の子が「あと何日で夏が終わるの?」と尋ねていました。お母さんは「あと3日かな」と答えていました。9月に入ってもまだ暑さは続くはずなのに、私も8月が夏の終わりのように感じます。だとしたら、今年の夏は台風と一緒に終わってしまうね。 ただひとつ季節が巡るだけなのに、夏

          揺れる

          小さくなったお気に入りのワンピース。まだ結べない紐履。自分で切ってしまった不揃いな前髪。進んでいないくもん。私の弟の部屋で学ぶあだち充と鳥山明。 お盆の帰省中、実家の福島県いわき市全域に台風7号による避難指示が出されました。その知らせが届いた瞬間、娘は無言でスーツケースを引き寄せ、ぬいぐるみ、本、ボードゲームを次々と詰め込んでいました。その姿を見つめるうちに、私はふと足が止まってしまいました。東京に戻り、もし避難指示が出るような災害が起きたら、この小さな命達を私一人で守り切

          いつかもまたも

          また行きたいと思っていた場所が、いつの間にかクローズしていました。その知らせを聞いたとき、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。人生の中で、「また」訪れるはずだった期待も、希望に満ちた「いつか」も、すべてが不確実であることを改めて感じました。 不確実性に満ちたこの世界で、私たちは何を頼りに生きていけば良いのでしょうか。その不確実性こそが人生の本質なのかもしれません、そう理解しているつもりでも、いつも心は揺れる。

          東京は雨

          雨の匂いがしました。 昨晩のこと、気温は下がり、その後、突然の雷雨が降り始めました。街のノイズは消え、一気に雨音のサウンドに変わりました。フットサルをしていた人たちは一目散にクラブハウスに駆け込んでいきました。雨の中でもフットサルは続けられることが多いので、雷雨の激しさがよく伝わると思います(フットサルは中断されたようでした、危ないもの)。雷が轟き雨が集中的に降り、ウェザーニュースの5分毎の予報を見てみると、濃紺の雨マークに「ゴォーー」と表記されていました。雷に怯えてしまった

          福島の祖母のこと

          数年前、行動制限が解除されてからしばらくして、地元の福島に帰省したら、祖母の右目が見えなくなっていました。おそらく近い将来、左目も見えなくなります。コロナ禍での不要不急の言葉に囚われて、田舎への帰省をずっと自粛していましたが、私は大切なものが見えていませんでした。人生において、そういう間違いをたまにしてしまう… もはや、私が見ている解像度で世界を見ることができないし、私の顔も果たして見えているのでしょうか。泣いているよ、笑っているよ。 せめて、自宅から見える名もなき山々に映る

          KYOTOGRAPHIE 2024

          今年も春の京都へ。 目的は、KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭。 KYOTOGRAPHIE 2024のテーマは「Source(源)」。2023年の「Border」が内外の境界線や関係性をテーマにしていたのに対し、今年はより内側、全ての源や始まりに焦点を当てることで、より深い核心に触れたいという意図が込められているそう。 今年も二条城を出発点にして、一筆書きのように周ります(以下の記録はKYOTOGRAPHIE 2024のプログラム順) 00 Information

          東京と桜

          なかなか咲かない春でした。 東京の桜は、今年も早いと言われていましたが、統計を取り始めて以来、最も遅い開花でした。東京ではすでに落ちた花びらさえ跡形もなく消えてしまいましたが(子供の頃から、あの花びらたちはどこに行ってしまったのだろうと毎年思っています)桜前線は東北地方から札幌までぐんぐん北上しているようです。いいな、桜をまだ愛でることができて。 桜の花びらが落ちる速度は、秒速5センチメートルだそうです(そう、あの映画です)。花びらに手を伸ばしてみましたが、今年もつかむこと

          3月のおわりに

          3月31日。まるで夏のような陽気でした。 花粉対策で空気清浄機をずっと稼働させていますが、窓を開けずにはいられません。思い切り窓を開けてみると、ふわりと心地よい風が舞い込んできました(鼻はむずむず、喉はいがいがする)。冬の間ずっと気になっていた何足ものコンバースのスニーカーをしっかりとオキシクリーンのようなものでつけ置き洗いして、ベランダに干した靴たちは陽光を浴びてぴかぴかに輝いていました。 Spotifyからは、最近観た映画の主題歌、藤井風さんの「満ちていく」がリピート再

          サクラ記念日

          写真を始めた時に、大好きだったものをいくつもやめました。 ヒールは全部捨ててスニーカーに替えて、ひらりワンピースも全部捨ててデニムに履き替えました。小さい頃に「サウンドオブミュージック」のマリア先生の揺れるスカートに憧れ、ずっとスカートっ子だったのに。お料理は時短ばかりを意識するようになり、あれほど持っていたリップだって今の流行りがマットなのかグロスなのかさえ分からない。こんな風に写真に全振りしてきたけれど、本当に正しかったのかな。私の人生はそれで満たされているのかな。 こ

          煌夜

          2011年、東日本大震災が起こった日。その日の天気も、空のことも、私は何一つ覚えていませんでした。空に思いを馳せるなんて、もちろんできなかった。10年の時を経て、友人があの日は星が綺麗だったと教えてくれました。星が瞬いていたことで、少しでも救いを感じた人がいたのかもしれない、そう思うと胸がぎゅ…っとなりました。 変わり果てた福島の地元を見た時のこと、その時、シャッターを一枚も切れなかったこと、それでも残さなきゃ、と思って、のちに写真を始めたこと、写真は愛だと信じたこと。それ

          2月29日

          4年に一度の今日。4年前の自分は何をしていたのだろうって写真を見返してみたら、写真展に行って、珈琲を飲んで、あいもかわらず、一日中写真を撮っていました。そこに自分の姿は一枚もないけれど、撮っている私は楽しそうでした。その’日々’は変わらないのに、街も人も、色々と変わってしまいました、きっと私も…。そういえば、毎年見事な近所の椿が今年は満開になりませんでした。万物は、過ぎゆく時間とともに変わりゆく。 4年前にはまだ戦争も始まっていなかったし、今はあの頃よりも世界は混沌としてい

          冬の煌めき

          冬の寂寥と夏のような煌めきが交錯する日々。 心の破片を優しく拾いあげてくれるのは、微かな光や風のそよぎ、小さな言葉などの些細なものたち。それらのものは、他愛もないことや他愛もない時間が、人生にとってはどれほど愛おしいものかを思い出させてくれる。 私は今日も、いつも、を、ここ、で繰り返す。

          安否確認

          友人から「安否確認!」と連絡がきたので。 見たいもの見たくないもの見えてしまうもののバランスが崩れてきていたので、SNSをそっと閉じて、暫く距離を置いていました。誰に言われるでもなく、毎日投稿を課していた時期もあったのに1ヵ月以上投稿しなかったのは初めてかもしれない(夕陽は相変わらず撮り続けていました) 謎の頭痛と腹痛に悩まされ、体調が思わしくない日が続いています。そんな中、声をかけてくれたり、誘ってくれたり、きっと何も言わずに見守ってくれている友もいて、心の強ばりを解き