自己肯定の根を育てる 山伏でアーティストの坂本大三郎さん:クリエイティブ・ペアレンツへのインタビュー第8回(前編)
山伏でアーティストの坂本大三郎さんは、4歳の娘さんと奥様とお腹の中の二人目の赤ちゃんと一緒に山形で暮らされています。
「山伏でアーティスト」というと、すぐにはイメージできない方も多いかもしれませんので、まずは大三郎さんのことを簡単に紹介することから始めたいと思います。これから紹介するご家族との暮らしもこのことがベースとなっています。
大三郎さんは、東北の山間部に残る、自然の中で生きる技術や知恵を学ぶために山形に移住し、それと並行して様々な文献をあたり、一つ一つ古層を剥がすようにしながらイメージを広げて、日本の文化芸術の源となるものを探求されています。またその成果を、現代に翻訳する可能性を探るようにして、アートの世界に一石を投じるような作品表現をされ続けています。宮城県石巻市で開催されたリボーンアート・フェスティバルや山形ビエンナーレなどでも、大三郎さんのこうしたアプローチは評判を呼んでいます。
子供の頃から絵を描くことが好きだったという大三郎さんは、人間はどうして絵を描くのか?芸術や芸能はどのように生まれたのか?という疑問を持ち続けていたそうです。そのような中、偶然出会った山伏の修行に好奇心から参加されました。その時にはまだ修行の意味こそよくわからなかったそうですが、何か引っかかるものがあり、とても面白いと感じられたことがきっかけで、そこで体験した本を読むだけではわからないさまざまことをもっと知るために、大学の教授を訪ねて話を聞いたりしてご自身の探求を始められました。山伏が日本の芸術芸能の根源に深く関わりがあるということに共鳴し、ますます関心を深め、生まれ育った千葉県と山伏文化が根付く、出羽三山のある山形を往復するうちに、山形に移り住み、十五年ほどの時間が経ったのだそうです。
大三郎さんの子育て、お子さんとの関わり、親としての経験には、ご自身の生き方とご関心が随所に滲みでています。
「娘の名前は漢字で『木木裏』で書いて、『ククリ』と呼びます。古い日本語で“つなげる”という意味になります。“クク”は、木の神様、そして“裏”は漢字の成り立ちでは、衣の裏の縫い目から来ていて、衣に包まれるつまり“心”を表します。異なる物事や様々なものをつなげられるようになるという思いから名付けました。それは山伏が人と自然を往復するように、異なる物事を行き来して新しい価値をつくるという意味を持ち、僕の人生のテーマでもあります。聖と俗、感覚的と理論的というような一見交わらないような色々な事柄の往復、いわゆるマジカルな領域を横断できる“ヒジリ”や“山伏”のようなことです。そのような思いで名付けましたが、それを娘に背負わせようとは思っていません。意味が大きすぎないように、生まれたら好きにしてくれ、とも思っています。」
—山伏の修行の一つに、自らの魂をつづらに入れて、つまり一度死んでまた生まれるまでを疑似体験するものがあると聞きました。その修行の間に籠るお寺が子宮になぞられたりもしています。そのような修行をされている大三郎さんは、出産に立ち会われどのように感じられたのでしょうか?
「生まれるとは、どういうことか。好奇心がありました。その場にいた看護婦さんからは、献身的で妻をいたわる夫と思われたようです。しかし妻には、「あなたは自分の興味で動いていたでしょ。」と言われ見抜かれていました。山伏は、出産を疑似観念で体験します。子どもは、母親の胎内というかつての世界と断絶して、肺呼吸に変わる別な世界に移ることになります。その瞬間を目の当たりにしたのは大きいです。
山伏や多くの原始信仰では、成人になるイニシエーションがあります。それまでの自分を破壊して、壊して、観念の中で自然や宇宙を象徴する神や仏といった何かと一緒になろうとする。そして再び母胎から分離され、新たな生命として社会の中に戻っていきます。出産もそれと同じように胎内の赤ちゃんは、全存在だった母胎から分離されて、子どもになっていく。
生まれたばかりの赤ちゃんは、まっさらです。生まれる時のことは、初めてすり込まれる情報です。だから生まれる時の体験は、人生に何らかの影響があると思います。三つ子の魂百までと言われますが、この初めての体験、生まれ出てくることは、とても大きいと思います。僕は高熱を出して寝ていると、いつもきまって真っ暗な中にいるような夢を見ました。はじめは安心していて、やがて胎動のようなものを感じ、世界が終わっていく感じになると、目が覚めるという内容です。二十歳を過ぎた頃からだんだんとみなくなりましたが、高熱を出して死の世界に近づいたとき、自分が死の世界である母胎の中から生まれ出た体験を思い出しているのかもしれないと十代の終わりの頃から考えていました。」
「子育ては難しいと思います。思い通りには、ならないので。そのような中で、一番大事にしていることは、子どもが自己肯定感を持てるということです。怒った時もこれは悪いことだよと注意しますが、「あなたが悪い存在ではない。」と伝えます。子どもの存在を決して否定しないことを、とても大事にしています。」
「ひとと違うとあれこれ言われたり、色眼鏡でみられることもあるのですが、どんな失敗をしても後ろ向きにならないようにしています。昔から僕は根拠のない自信家でもありました。何か検証する過程では、自己を否定して本当に正しいかを自分の能力が許す限り突き詰めたいと思っています。そうやって検証して本当に価値のあるものを見つけ出したいのです。身のまわりには才能がある人がたくさんいるのですが、自分なんてダメだよ、と言ってやらない人を多く見かけます。やらないのではなく、根拠のない自信や、自分を肯定することで、とにかく踏み出してやってみることは大事だと思います。そのためにも、娘が自己肯定感を持てる根を育てていければと思います。」
大三郎さんの独自の探求の道は、単にアートという言葉の枠におさまることなく、クリエイティブという言葉にもおさまらないほどに、いのちの古層にダイブしています。それを大三郎さんは「根拠のない自信があるがゆえにできること」と話されています。娘さんに大きな方向を示す名前を手渡していながら、生まれたからには好きに生きて欲しいとクールに言うほど、娘さんらしい独自の道を歩んでいけるよう、自己肯定感の根を小さな時から育てるという親としての大切なヴィジョンをご自身の生き方とともにもたれていることはとても大きなメッセージです。
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"連載『クリエイティブ・ペアレントへのインタビュー』シリーズ"
子どもがクリエイティブに生きるには、
クリエイティブな生き様に触れることが一番です。
しかし、これは子育てだけでなく、
わたしたち、親やすべての世代のひとに言えることです。
クリエイティブな生き様にふれることで、
こんな道、こんな生き方があるんだ
と励まされたり、確信をつよめてさらに自分の道を歩いていけます。
このnoteでは週末を中心に、いろいろなクリエイティブ・ペアレントの方のインタビューを連載しています。