ブラジル 再エネのさらなる普及に期待
水力発電の聖地ともいわれるブラジルは、その適した地形から、長年にわたり再生可能エネルギー大国として知られてきた。現在、次期ルーラ政権が環境政策の強化を公約している中で、政府は風力や太陽光などの自然エネルギーへの投資支援を強力に推し進めるとの期待が高まっている。
企業が脱炭素化を進める上でもブラジルのクリーン電力市場は魅力的だ。すでに再生可能エネルギー発電のインフラが確立されているほか、政府の政策支援もあり、自然資源を見ても、晴れの日が多く夜には強い風が吹くという好条件がブラジルにはある。政府としても、困窮する地域社会に雇用と収入をもたらす機会として、再生可能エネルギープロジェクトを歓迎している。
ドイツのガス・再生可能エネルギー発電企業、シーメンス・エナジー社でラテンアメリカ地域を管轄するアンドレ・クラーク(André Clark)シニアVPは、「世界的に脱炭素化への圧力が高まる中で、ブラジルは脱炭素化に適した場所の一つだ」という。
「米国の顧客は、風力発電所の稼働率が35%もあれば満足するかもしれないが、ブラジルでは平均60%あるし、多くの発電所では72%の稼働率だ。これはほとんど水力発電所と同じようなものだ。」とクラーク氏は続けた。
ブラジルの自然エネルギーに対しては、外国企業も強い関心を示している。その一つの例が、フランスの石油・ガス企業トタルエナジー社だ。同社は2022年10月、ブラジルの民間のエネルギー開発企業カサ・ドス・ベントス・エネルジアス・レノバヴェイス社と共同で、最終的に6GW以上の容量を見込む自然エネルギー・ポートフォリオを持つ新たな合弁事業の建設・運営に少なくとも550万米ドル出資し、34%の持ち株比率を保有することを公表した。1GWは、先進経済都市約75万世帯の電力に相当する発電量だ。
「ブラジルの特権だ」と、サンパウロに住む、格付会社ムーディーズのクリスティアン・スペルセル(Cristiane Spercel)シニアVPは言う。「ブラジルでは、すでに、自然エネルギーに大きく依存した電力マトリックスが形成されている。」
政府のデータによると、2021年のブラジルの電力容量のうち、水力発電が58%を占め、太陽光発電は2%、風力発電は10%を占めた。残り30%の内訳は、住宅や工場の屋根に設置されたソーラーパネルなど、特定の消費者向けに電力を供給する再生可能エネルギー源で余剰電力を販売したものが8%、再生可能エネルギーで発電された熱電発電所からのものが7%で、化石燃料などの非再生可能エネルギーは15%だった。
ブラジルの送電網は、米国とほぼ同じ面積に広がっており、約2億1500万人の国民のほぼすべての家庭と企業に電力を供給する。そして今後は、太陽光、風力、その他のクリーンエネルギー・プロジェクトの波によって、水力発電の比率が奪われていくことが予想される。
もちろん、いくつかの課題もある。業界関係者によると、風力や太陽光が豊富に存在するのは、そこから得られるエネルギーの主要な消費地域である大都市圏から何千キロも北に離れた地域だ。ブラジルの借り入れコストは比較的高く、ブラジル国内経済や世界経済の成長鈍化も、一部のプロジェクトの遅延につながる可能性もある。また、クリーンエネルギーの促進を目的とした政府の補助金についても、削減圧力がある。
また、投入コストの上昇も一つのハードルだ。ブラジルの物価上昇率は低下しつつあるものの、新政権が財政支出を増やせば再びインフレに戻る可能性もあると指摘するエコノミストもいる。さらに、ブラジルの多額の借入コストは、2023年には低下すると予想されているが、米国で金融引き締め政策が続けば、ブラジル中央銀行は自国金利をより長く維持することになりかねない。
ブラジルの政治情勢もリスクではある。2022年10月に左派のルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ(ルーラ)前大統領が僅差で当選し、2023年1月1日に就任予定だが、保守派で現職のボルソナロ大統領は、再選に敗れたのち、その結果に異議を唱えている。ボルソナロ大統領の支持者は次期大統領に対して何度も街頭デモを行っており、議会の分裂はルーラ大統領の法案可決を妨げるおそれがある。
ルーラ次期大統領は当選演説でグリーン経済への支持を表明した。また11月にエジプトで開催された国連気候変動会議に出席した際にも、グリーン経済への加速を打ち出した。
リスクはありながらも、ブラジルの風力や太陽光発電といったクリーンエネルギーに大きな期待を寄せる人は多い。新しい太陽光発電所や風力発電所は、いわゆる環境保護主義者には歓迎されている。小規模農家にとっても新たな収入源になることもある。こうした背景から、ESG投資家からより多くの資金を集めることも可能だ。
カナダ・トロントに本社を置くブルックフィールド・アセット・マネジメント社で、ブラジルの再生可能エネルギーとクリーンエネルギーシフトを統括しているアンドレ・フローレス(André Flores)氏は、「今後何年にもわたって、投資が続くとみる」という。フローレス氏によると、水力発電プロジェクトは最近、深刻な干ばつ被害に見舞われており、その補完の必要性から、再生可能エネルギーへの投資はさらに成長するのではないかという。
電力業界の専門家によると、大規模な水力発電プロジェクトは、干ばつリスクに加え、熱帯雨林の氾濫や住民の移住問題にもつながるため、規制の制約があるという。
「環境だけでなく、社会的な影響も大きい」と、カサ・ドス・ベントス社の事業開発担当者ルーカス・アラリペ(Lucas Araripe)氏は言う。彼によると「通常、最高の風は、雨がほとんど降らず土壌が乾燥した地域で発生しており、そうした地域は経済的に困窮している」という。「このような限界集落に風力発電所を設置すれば、大幅な収入増が期待できる。」
アラリペ氏によると、ブラジルの風力・太陽光発電事業者は通常、土地所有者に対して風車設置による収入の約1.5%を支払う。これは月1,000米ドル近くに相当しており、世帯収入の大幅増につながるという。
また、ブラジルでは、再生可能エネルギーではないが、比較的クリーンな化石燃料として知られる天然ガスの利用も増加している。
同国の鉱山エネルギー省の予測によると、ブラジルの発電容量は今後、2021年の200GWから2031年には275GWに成長する見通しだ。このうち、水力、太陽光、風力などの再生可能エネルギーによる発電は83%を占めると予測するが、この数値は、2021年の85%からは減少に転じている。その背景には天然ガス火力発電所の拡大もある。
再生可能エネルギー比率の構成も変化する。水力発電は2031年までに58%から45%に減少する一方で、太陽光や風力などの自然エネルギーは2021年の27%から38%に増加する予測だ。
米国エネルギー情報局による2021年の米国の状況と比べると、米国の発電設備容量の63%は化石燃料だった。自然エネルギーは27%で、8%が原子力によるものだった。ブラジルでは原子力の比率はごくわずかだ。
パリに本部を置く国際エネルギー機関の予測では、世界の総発電量のうち、2021年に28%を占めた水力発電を含む自然エネルギーの比率は、2050年には65%を占めるようになると試算する。
法律事務所・フォックス・ロスチャイルドLLPのパートナーでESG関連を統括するデイビッド・コルヴィン(David Colvin)氏は、「ブラジルは、もともと有利な地理的条件にそれを支える法律があることで、自然エネルギーに関しては他国のはるか先を行っている。ブラジルは、これまでも、そして今後も、再生可能エネルギー分野のリーダーであり続けると期待している」と語った。
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