豊田悠著『奈落の星』読了
豊田悠先生の新作『奈落の星』読了。この作品は大正時代を舞台に夢やぶれた青年の快進撃…という単純なものではなかった。
主人公が抱える絶望感や内面的な葛藤、嫉妬。誰もが覚えがあるような、腐った果汁のどろりとした負の感情が繊細なタッチで描かれていた。
主人公の烏丸すばるは、太宰治を彷彿とさせるような人物だ。才ある者を憎み、才なき己に絶望し、陰鬱とした青年。そう読み始めは思った。
だが、彼の内にあった、彼自身すら自覚がなかった「怪物」は、その印象を裏切ってくれた。
かつて小説家を志した烏丸が、ライバルの幻歩に触発され、生み出す話は、谷崎潤一郎の作品のような倒錯的なエロスをまとっていた。
虎嘯風生(こしょうふうしょう)。
知らぬ間に内に飼っていた「怪物」。虎が吠えた。
烏丸は太宰的な虚無感と谷崎的な耽美が絶妙に絡み合った希有な人物だった。
彼に執着する幻歩の複雑な人間像も垣間見え、今後の展開が楽しみである。
惜しむらくはどこか清涼感が漂う点である。それがえぐるような生々しさを控えめにさせ、登場人物の激情に物足りなさを感じる。
しかし、物足りなさが作品の奥行きを徐々に広げる可能性を感じさせた。
夏が待ち遠しい。