『石狩湾硯海岸へ接近中』の全文公開 連載第192回 第158章 ひとりからふたりへ、ふたりから5人へ
庭の朝顔やオシロイバナが芽を出しては花を咲かせ、他の植物と前後して種ができる季節になるサイクルを繰り返しているうちに、旭ヶ丘のボクたちの家庭では歓喜のポーズ第5番の事件が続いた。そのたびに夫婦揃って居間で一輪車の曲乗りをするのだから大変である。結婚の翌年、恐らく人類史上最高に美しく可愛らしい双子の娘たちが生まれた。それぞれ、「三毛」と「タマ」と名付けたとです(またまたウソぴょーんでござる)。この子たちの3歳の誕生日を祝った翌月、今度は男の子が生まれた。セシリア、命がけで2回も出産をしてくれてありがとう。どんなに不安で痛く辛く苦しかっただろう。オレならとても耐えられなかっただろうな。ノーベル母親賞が新設されたら、きみこそが全世界で第1号の受賞者になる。
その男児に名前を付ける綱引きを秘術を尽くして続けた結果、何と「おとーさん」が自分の娘のセシリアではなくてボクの味方をしてくれて、「浄」の入った名前に決することになった。和室で畳に座り、命名の儀を執り行った。ボクは黙想してから祖父の硯に水を差して墨を磨り始めた。ここでボクが祖父の二の舞を演じて絶命してしまったら、この息子の名前は丸原ンになってしまう。生まれた途端にジ・エンドだなんて、それだけは避けなければならない。この同調圧力の強い社会における普通でない硯、普通でなかった少年時代、思春期、その他様々な思い出が荒波のように脳の中に噴出してきてしまい、頼みもしていないのに猪野田までマイク片手に小指を突き立ててしゃしゃり出てきて、ボクは滲んで見えてきた墨を両手で握りしめそうになった。
するとセシリアは私の命名を潰すために蓋を緩めて用意していた朱の墨汁と極太の筆を後ろに放り投げ、私の顔を両手でぎゅっと押さえて自分の方に向けさせた(こきっ)。口がゆっくりと動いた。
「今SSって言った?」
「そ」
「どーゆー意味?」
「しっかりせんかい。Count your blessings, not your problems, Joe.”
つい先ほどまで私の背中にべったり貼り付いて娘団子になっていた娘たちが、いつの間に離れたのか、セシリアの横に立って膨れっ面でakimboをしている。どこでそんなポーズ覚えたの。
「まるはらじょうのすけん、しっかりせんかい」
「かりせんかい」
(切るのはそこじゃないんだけど)。
娘団子の剥がれた後は
妙に背中が寒くなる
仕事中でも背中だけ温泉に入って温まる方法はないのだろうか。足湯じゃなくて、背湯。素肌に密着装着した暖房装置を横から見たら、何だかカメの甲羅のように見えるだろう。だけど、きっとお湯が重たくて後ろにひっくり返ってしまって、簡易温泉は台無しになるだろうな。無理して前のめりの姿勢を維持しながら仕事を続けると、全身に力が入ってリラックスどころじゃなくなってしまう。
ああ、オレは、こんなオレなのに、3人にとってはこの世にひとりしかいない父親なんだな。父としての責任を果たさなければならないんだ。たとえこの身がぼろぼろになっても、この家族を守らなければならないんだ。
(それとも、あたしも「いやーん、いやーん」って言ってみようかしら。人間、先にグレた方の勝ちよねえ。Everybody now!「いやーん、いやーん」)。
この娘たちが小学校に上がったころのある日、私がうちに帰ると、ひとりが飛んできた。何かねだるのかな。ねだる顔も可愛いから、少しじらしてやろうかな。
「とうちゃん! ねこ!」
「懊悩!」
第159章 先制ネコ・パーンチ! https://note.com/kayatan555/n/nf25742125bfb に続く。(全175章まであります)。
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