『ミッドナイトスワン』インタビュー余録と個人的な感想・前編
8月29日、『ミッドナイトスワン』内田英治監督にインタビューさせていただいた。そのときの記事がこちら。
試写で観た『ミッドナイトスワン』、素晴らしかった。DVDを借りて観た『下衆の愛』も『全裸監督』も大好きになって、あの日はお会いできるのが嬉しく、かなり興奮していたのですが。仕事なんだから個人的な思いばかり語っちゃいけない、公開前なのだから記事でネタバレしないようにしなくては……と考えすぎて、私はかなりテンションがヘンだったと思う。しかも開口一番、初対面の内田監督に「うっかり泣きました」と、大変失礼なことを言ってしまった。すみませんでした。「うっかり」、余計ですよね。
なぜ素直に「素晴らしかった」と言えなかったかというと、公開後、少し議論になったラストに近いシーンの凪沙の描き方にある。そこだけは「泣かせ」パターンに入っているような気がしたので、意地でも泣きたくなかった。でも、ラストシーンは心から好きだったので、「素晴らしかった」という感想に嘘はない。
9月末、映画が公開になってから、再度映画館に観に行った。一度めとは違う発見がたくさんあった。
というわけで、もうすぐ映画公開も終了しそうなタイミングなのでもういいだろうということで、以下はインタビュー記事には書けなかった監督のお話と、個人的な感想です。
盛大にネタバレしていますので、未見のかたはスルーしてくださいませ!
一果がアパート外廊下で踊るシーンのこと
バレエを習い始めた一果(服部樹咲)が、アパートの外廊下で踊るシーン。
レッスンでやった1連の振り(アンシェヌマン)を、廊下や道で復習してみるって、バレエ経験者の誰もがやることだと思う。
監督によれば、「あのシーン、莫大な長尺になってしまって、大幅にカットした」とのこと。(見たいな!)
バレエは踊り手を厳しく選別する残酷な踊りだと監督は言っていた。でも、床を踏むと体がふわっと浮き上がったり、くるっと回れてしまったりするあの感じは、初心者から初・中級クラスに上がるくらいの段階で誰もが経験できる、かけがえのない喜びだ。
だからこそあの瞬間、ずっと無表情だった一果ちゃんが初めて、かすかに笑うんですよね。
「アレルキナーダ」のヴァリエーションについて
なぜ、コンクール予選の演目に「アレルキナーダ」のヴァリエーションを選んだのか?
「大した理由はなくて。一果役の樹咲ちゃんが小学校の頃コンクールで踊った得意なヴァリエーションだったから。オデットのヴァリエーションの練習に予想以上に時間が取られたので、もともと踊れるものの中から選ぶ必要があった。
あのかわいい感じは、最初は一果に合わないんじゃないかと思った。
樹咲ちゃん、オデットには最後まで不安を抱えていたと思うけど、アレルキナーダのほうは本当に楽しそうに、上手に踊るんですよね。」
ああ、しかし監督の「最初は」が曲者だなあと思った。
最初はおっしゃるとおり、「樹咲ちゃんが踊れる」から選んだのだと思うけれど、彼女の踊りを観たり、このヴァリエーションのストーリーについて調べたりしているうちに、一果とりん(上野鈴華)が同時刻に違う場所で踊るというアイデアがどんどん具体的になっていったのではないだろうか。
「アレルキナーダ」の「しっ!」と人差し指を唇に当てるしぐさは、少女どうしの秘密! という感じで、物語の展開にあまりにもぴったりだった。
屋上でのウェディングパーティとりんのアレルキナーダ、そしてコンクール中、一果が客席にりんの幻覚を見るシーンは息をのむような美しさだった。
りんの死については賛否両論あると思うけれど、あのシーンは、監督がバレエダンサー志望の子どもたちに取材したときに何度か耳にしたという「バレエがなかったら生きていけない」という言葉が、残酷なおとぎ話のような形で結晶化したものに思える。
『グロリア』と赤い靴のこと
凪沙のトレンチコート&ハイヒールやブーツのスタイル、ジョン・カサヴェテス監督の『グロリア』のイメージが入っていると監督がおっしゃっていた。不勉強で知らなかったが、これもNYの下町を舞台にした、ショーガール出身の女性と6歳の少年の疑似親子の物語だったのね。映画通の友達に聞いたら「いい映画だよ!」と熱く語っていたので観てみようと思っている。よく考えたら、『下衆の愛』にも、渋川清彦演じる主人公のゲス映画監督が、カサヴェテスのポスターを拝むシーンが出てきたなあ……。
あと、うかつにもずっと後になって気がついたけれど、凪沙の赤いブーツには、バレエ映画『赤い靴』へのオマージュが入っているんだろうなあ。最初のショー・パブのシーンで、凪沙は赤いバレエシューズを履いているし……。女性の心を持ちながら男性の身体で生まれてきた凪沙は、人間でありながら白鳥の姿にされている『白鳥の湖』のオデットでもあるし、『赤い靴』のモイラ・シアラが演じる悲劇のバレリーナでもあったのではないか。最後に一果は、凪沙の「赤い靴」を引き継ぎ、踊り続けなければならない運命を背負った……ということなんだろうなあ。
『ミッドナイトスワン』、たくさんの映画愛が詰まった作品だと思う。
長くなったので、いちばん書きたかった海のシーン等については後編に回します。
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