バスケットボール
私の保育所の頃からの幼馴染、ユリのお兄さんケイイチさんの話。
ケイイチさんは私も小さな頃からユリと一緒によく遊んでもらった人で、見た目はヤンキー。
優しい人ではあるけど強面で、両腕と背中に龍のタトゥーを入れている。現在は塗装業をしている。
そんなケイイチさんが小学生高学年の夏休み頃、近所にある「廃屋」に入ろうとした時の話。
近所にある二階建ての家で、ケイイチさんが小学生六年生当時で築50年は経過した建物だった。
住人のいない家は朽ち果て始め、所々傷んでいた。朽ちかけてはいたが、何処となくまだ人が住んでいそうな雰囲気。
詳細は不明だが、住人は事業の失敗か又は多額のギャンブルの借金返済が出来なくて夜逃げをしたらしかった。
なので家財道具はそっくり残っているのが、風雨と埃で薄汚れた窓から良く見えた。
小さな子供も居たらしく、おもちゃも残っている。庭先には錆びた赤い三輪車や壊れて乗れないブランコもある。
庭先をひとしきり探索したケイイチさん、どうにか家の中に入れないかと家の周りを見て回った。
‥が、やはり夜逃げした家とはいえ何処も鍵がかかっていて中に入る事が出来ない。諦めきれないケイイチさんは玄関へまわってみる事にした。
念の為ドアノブを回してみる。‥やはり鍵がかかっている。ケイイチさんはダメかと思いながら‥ドアを見ると、ドアポストが付いていた。
家の中に入れないまでにも、中を見るは出来るだろう、そう思いドアポストを覗いた。
中を覗くと、もわっとカビと埃の匂いが鼻についた。真夏の締め切った家の澱んだ空気がケイイチさんの顔に当たる。
ドアポストから覗いた玄関の中は、住人が住んでいたままの状態だった。
慌ただしく脱ぎ散らかされた靴が散乱し、急いで夜逃げをした形跡が分かる。
ドアから向かって左側が台所、右側にはトイレが見えた。正面には2階へ上がる階段が見える。
‥やはりドアポストから見える範囲は限られている。まぁこんなものか、ケイイチさんはがっかりしながら帰ろうと思った。
その時、正面に見える階段の上から音がした。
とーん、とーん、とーん。2階の左側に部屋があるらしい。何かが2階の床で跳ねているようだ。
だんだんと音は激しくなっていく、とーん、とーん、から、どん、どん、どんどんどんどんどんどん!まるで誰かが2階でドリブルをしているようだ。
音は階段へと近づいて来た。どんどんどんどんどんどんどんどん!‥音の正体が分かった。
バスケットボール。何故かバスケットボールが勝手に階段の最上段で跳ねている。
まるで見えない何かがバスケットボールでドリブルをしているようだ。
ケイイチさんの見ている前でボールはドリブルの加速を上げていく。どんどんどんどんどんどんどんどん、からドドドドドドドド!に変わる。
あっけに取られて見ていたケイイチさんにボールは気づいたのか、動きを一旦止めてゆっくりと階段を降りて来た。
どーん、どーん、どーん、見えない誰かがドリブルをしながら階段を降りて来るようだ。
ケイイチさんは気づかれた!と思い怖くなってドアポストからすぐ離れ、急いで家に帰った。
‥その後何度かその廃屋に行ったが、バスケットボールは二度と見る事はなかった。