滅びゆく街並み
上海に「南市(Nan Shi)」という地名がかつてあった。2000年まで行政区画として存在していた。黄浦区に合併されたあとも、地元の人は愛着を持って「南市」と呼び続けている。
特に人民路でぐるっと囲われた地域は昔の上海県城として、古くは13世紀、元の時代から存在していた上海で最も歴史の古い区画である。豫園商城周辺のことだといえば、行ったことのある人なら雰囲気がわかるのではないだろうか。
南市にはいまでも戦前からの建物が多く残っており、再開発が進む上海の中でも取り残されたように手がつけられていない地域だった。迷路のような古い路地が多く、迷い込むとカビ臭いような、独特のすえたにおいがした。下水道も整備されていないのでいまだに馬桶(マートン。いわゆるおまる)が現役だし、道のあちこちには赤いパンツが堂々と干してあるし、本当の意味での「老上海」を垣間見られる貴重な場所だった。
南市で幼少期を過ごした会社の同僚によると、日当たりは悪いし雨漏りはするし階段は腐ってるし狭いし不衛生だしゴキブリは出るしネズミは出るし、居住環境としては最悪で、早く出たくて仕方がなかったそうである。いまは彼は政府からせしめた立ち退き料で郊外にマンションを購入し、日当たりの良い文化的生活を満喫している。でも南市での日々は忘れがたい思い出として激しい懐かしさを呼び起こすということだ。
久しぶりに足を運んでみたら、このあたりも再開発がかなり進んでしまっていた。
↓の赤い壺のようなのが馬桶。朝になったらブラシでシャカシャカと洗って道端に干しておく。
あと何年かしたら古い住宅はあとかたもなくなってしまい、どこにでもあるような味気のないマンション群が立ち並んでしまうのだろう。残念だ。
誰か目端のきくデベロッパーが街並み保存をしながら再生事業を立ち上げてくれないだろうか。新天地とか建国里とかの「優等生」事業に辟易している人たちからの潜在的需要に応えることはきっとビジネスチャンスにもなるはずだ。ゴキブリの撲滅と階段の補強さえしてくれればあとはそのままでいい。
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