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akrn
キャラクターはストーリーの下僕なのか
キャラクターとはストーリーに操られるものであるが、一方でストーリーはキャラクターから作られる。それは、キャラクターがストーリーの「中」にいるのではなくて、基本的にはその「表」にいることが大きな理由である。
即ちストーリーとキャラクターとでは、キャラクターのほうが注目度が高い。人はキャラクターの動向を追いかけることでストーリーを理解する。
あるいは「ストーリー」というものに気づくきっかけは、ふとそうやってキャラクターを追いかけていたのだと我に返る瞬間である。
つまるところキャラクターとは、ストーリーという「大筋」を演じる存在ではなく、むしろストーリーを「代表して」示してくれる一個の手段なのである。
作者にとって何か伝えたいことがあるがゆえにキャラクターやストーリーはあり、それらは道具である(あくまで一般的な話であり、すべての創作者がそうだとは限らない)。一方でそれを「見せられる側」にとってみれば、まさにキャラクターやストーリー……とりわけキャラクターが「主」なのである。
そういう意味で、キャラクターとはクリエイティブの目的を遂行するコマでありながら、それそのものを愛でることもできる目的と言える。
そういう意味で、キャラクターとはストーリーの下僕でありつつ、キャラクターによってストーリーとは人の心に届かせられるものだ。
クリエイティブの真意を伝えるために生み出されたような彼らはしかし、思わぬところで、その真意すらも越えて、固有のイメージを与えられて大きく輝くこともできる。
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