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ノウワン 第十段 漆黒(パート5)

 ― 9年前、鳴門海峡。観潮船にて。ー

 「いやぁ、絶景だねぇ、ふたりのぉ~ゆうやみがぁ~♬」
 「ユコ博士、まだ午前の10時といったところです。」
 「徹夜続きで時間の感覚が無いや、視界がぼやけて矢島が山吹色のオバケに見える。ゆらめいてるねぇ。」
 尾張 裕子(おのばり ゆうこ)、学友からはユコ博士と親しまれるこの烈女は齢17で『時空零子理論』という当時の物理学会でも新しい理論を提唱した人物である。それは一般相対性理論と粒子物理学の不調和を正し統合する理論ではあったが、真偽はともかくそれだけであれば世界中に無数にある、その程度であれば珍しくはないのだ。彼女の特異・異質な点は鳴門海峡に存在するアマノヌマボコという巨大な塔(大和の神話によれば人類が存在する以前に天からこの地に打ち落とされた鉾とされている。)をただの古代の遺跡と解釈せず、その仕組みに物理学の不調和の正体を見出したところである。ただの地上の古代遺跡の調査で宇宙の神秘が解明できる、そのような荒唐無稽な論旨など通常であれば付き合う者は皆無であろう。だが今もそうだが、当時も物理学界は『通常』ではなかった。過去の学者が唱えてきた物質の性質または時間の概念、それら従来の考えに捕らわれてなるものか、寧ろその呪縛から解き放たれるべきだという『あたまがおかしい』連中がユコ博士の理論に飛びつき同調者がこの界隈から多く出始めていた。
 尾張 裕子は瞳を閉じる、目に見えるものが全てではないからだ。海の小波やウミネコの鳴く声、風に身を預けながらも彼女はそれが全てではないことを信じている。潮の香り、乾いた喉、それが全てではない。裕子は自らの助手の名を呼んだ。
 「なんです?」矢島が答える。
 「僕は五感で感じるものだけが全てとは信じてはいないんだ、もしそうならいずれ人間は科学技術の進歩によって存在の意義を失ってしまうだろう。宇宙と我々生命とこの星の繋がりがそれだけ、人工知能で判別できる程度のことであるはずがない。そんな残酷なことがあってたまるか。自然界の仕組みと人との関わりを深く探求する人間が途絶えればとんでもないことになる。。。なんてね。」
 矢島はカッパえびせんをウミネコに投げつけながら適当に相槌を打った。空しくえびせんはウミネコの目前で空を切り、海中に没する。
 「そこで僕はこのような物を用意したのだよ。見たまえ、実家の一番大きい漬物石だ。重さは14キロ近くある。すわ実在の不思議を示してやる。」尾張 裕子が観潮船に持ち込んだリュックサックには両手で抱えるほどの石が一つ入れられた場所に入れられたまま蹲るように収められていた。
 「?博士、何をするおつもりです?」
 観潮船は大きく揺らいだ、どうやら船の帆先に突如発生した渦潮によってバランスを崩したようである。
 「こうするのさ。」尾張 裕子はリュックサックから漬物石を取り上げると2歩3歩と助走をつけ諸手でもって渦潮にむかってそれを投げつけた。だが海流は強く海は深い、小波も立てずにそれは海中にすいこまれていった。
 「おかしいなぁ、彗星みたいにボーンってなる予定だったのになぁ。」
 「何やってんですか!貴女は!!」
 尾張 裕子の奇抜な行動は周囲の客の注目を引いたようだ。たまらず矢島がカルビーを投げ捨て尾張の手を引いて甲板から立ち去ろうとした。階段を駆け下りて階下に逃げようとしたが裕子がそれを許さなかった。矢島の引く手を引っ張り返し、真向かいになると尾張 裕子は矢島の唇に自分のそれを重ねた。矢島はやや狼狽したが、やがて両腕で彼女を抱きしめた。
 「ふふふ、僕の年下のカレシ。たまんねぇ。」
 「突然やめてくださいよ。周りの目があるんだから。」
 丸山に知れたらなんと揶揄われることだろう。女性の博士とその教え子が男と女の関係になる、日活ポルノロマンか。
 「矢島君は本当に真面目だね、そんなんだと将来苦労するわよ」。
 「貴女は!」
 「怒るな矢島、怒りは恐怖の表れだ、臆するな。僕たちの夢は遠大かつ無限だ、ロマンと恋に胸を躍らせて生きよう、知恵と勇気こそが全てを解決する!みたまえあれを。」
 階下と甲板の隙間に天空に向かって伸びるアマノヌマボコが現れた、雲を突き抜けどこまでも高く屹立している。二人はその雄大な姿を見上げる。海原を流れる風の声が歌い海鳥が空中を舞い二人を祝福する。二人はひかれあい自然と互いの身体をつよくひきつけあった。
 
 『神様、どうか。。。』


 ー 現在、木幡研究所。ー

「時間とはこの宇宙空間の『場』の中で空間とともに生成されるものですが、一つではありません、複数あるのです。しかしながら普段人間が認知できるのは実際に動いている時間表面上しかありえません、我々人類には物理現象しか観測出来ないからです。その他の時間は我々の認知しえない『零子体』となっての複雑に絡み合い互いに影響されながら宇宙空間の中で混ざり合い潜在的に漂っているのですが(中略)、それはとうぜん現実においても物理的な作用に影響します、だからこそ電子や光子の観測に不確定の要素が発生するわけで(中略)例えば世界で最も著名な猫、皆様ご存じですよね?シュレーディンガーの猫を用いてご説明すると(中略)その様々な可能性・事象、やはり時間というものを物理現象による帰結に過ぎないなどということで説明付けることは不可能なのです。いやいや、我々が行っている営みが全く無駄とは限りません無常というだけです、零子体は宇宙空間に潜在的に漂っていますが互いに影響しあいながら可能性を集約させているのです。たとえば(中略)。ちなみにパンティーを奉る会とは(中略)。なので結論を言えば我々の時間は自然現象によって改変され続けているということです。」
 
 「もういい、わからないということが分かった!」
 「大丈夫です、佐伯さん。わたくし矢島も実のところよく分かっていません。」
 「おまえ今まで何を説明してきたんだよ。」
 「さて、ここからが第二幕です。」
 「いや、いい。問題はこれだ。」

 ①何故、河内湖の堤防爆破の犯行現場に神憑りが偶然にも居合せたか?
 ②神憑りはどのような手段で西横堀川開発予定地に堀を一瞬で築いたか?
 ③しかも神憑りは自らの蹴りの衝撃を触れもせずに捻じ曲げている。どのようにして?
 ④何故市民に死傷者がいないのか?
 ⑤どのような手段で掘削した土砂を片付けたのか?
 ⑥何を考えて人助けをやっている?

 「ずいぶんせっかちですねぇ。まぁよいです。」
 おそらく第六の神憑りは零子体をもった怨霊・鬼・物ノ怪の類と共に行動している。質量をもたないこの零子生命体は空間においても時間軸においてもあやふやな存在である。仮にこの第六の神憑りが時空を捻じ曲げるほどの質量コントロールが可能であり零子生命体と行動を共にしているとすれば確定した未来であれば事前に知ることは可能である。
 「タイムマシン?」
 「いえ、タケル君。そんな大規模なエネルギーを必要とする装置を用意しなくても情報さえ未来から受信できれば予知は可能なのです。」
 第六の神憑りが時空に影響を与え、その時空のわずかな隙間を利用し糸電話のように情報を共有するのだ。今我々が認識できる時間表面はあいまいな『場』にすぎず、次から次へと移り変わる。一方で零子生命体には物理的な「速さ」という概念が存在しない、その存在はどの時間軸にもいかなる時間表面にも存在するあやふやな存在なのだ。彼らは移動する必要がなく、速さを必要としない。つまりは時間の速度が光と同じだとしても、いちいち光の速度を超える必要性は皆無であり、その物理法則に干渉されることは無い。そのため未来の零子生命体と現在の零子生命体が互いに情報を共有するために『必要な時空の歪みさえ存在すれば未来予知が可能』となる。河内湖の堤防爆破の現場に第六の神憑りが現れたのは偶然ではない、この神憑りはそうなることを予め知っていたからこそ、その場に現れることが出来たのだ。

 「零子生命体?なんだそりゃ?」
 「わたしも色々と経験してますから断言しますが、それは存在します。まぁオバケみたいなものと考えていただいて結構です。」


 「焼き肉が食べたい。」私市のアジトで何やら煮詰まっている相場ひかりを眺めながら赤鬼丸は思った。おれ牛を食べたい、最近、角が柔らかくなってきた気がする。牛が食べたい。


  羿白と丸山が指摘したように第六の神憑りは自らの身体に膨大なエネルギーを蓄えることによって重力を生み出し、西横堀川工事予定地を走り抜けることによって堀を形成し、濁流の勢いを逃がすことによって逢坂の街を災害から守った。堀が蛇行していることもこれで説明がつく、しかしながら本来なら莫大な重力は周囲の環境に破滅的な影響を与えるはずである。
 そこで第六の神憑りは『我々の生きる時間とは別の使用されていない、しかも我々の世界と酷似している時間表面』をコピーして『我々の生きている時間表面』に逢坂の街を貼り付けた。使用されていない時間表面は時間が凍結されているため、あらゆる物理法則が通用しない。このようにして、第六の神憑りは掘削にのみ己の重力を働かせることに成功した。直撃という不幸な事態を除けば第六の神憑りの作業に周囲を巻き込んで周囲の市民を殺傷する危険性は皆無である。

 会議室に空調の音が響き渡った。これが本当ならば『神憑り』はあまりにも常軌を逸している。彼らは矢島が何を言っているか、そのことを頭では理解していたが、その話を上手く飲み込めないでいた。あまりにも現実離れしていたからである。

 「神憑りは只の工事現場にあるそこいら辺の掘削機ではありません。時間や空間。または原子や素粒子、そういった自然物・自然現象を操作できるからこそ、神憑りなのです。」


 「明日香ちゃん。待つ身がつらいかね、待たせる身がつらいかね?」
 相葉ひかりが何やら虚空に向かって演技をしている、どうやら何かのシュミレートのようだ。
 「おい、ひかり。そんな純文学ギャグがあいつに通用すると思うか?」
 赤鬼丸が指摘する、わかっている。太宰治のような文学界の無能神から何も得ることはない。わかりきっていることだが、そんなものにまで縋り付きたくなるほど、相葉ひかりはアイデアに窮していた。その姿は何かあるはずと出オチに終始しステッピンアウトしたあげく結果ダダ崩れする地下で活動するドラム兼ボーカルの某バンドリーダーのようであった。猫F伝は大阪のライブハウスでそういう人を何故か時折みかける。音楽はいい。


 「零子生命体については、時を改めてあちらにいる山草博士に説明して頂くとしましょう。彼の専門分野ですし、話が脱線するといけません。」司会進行の時田が矢島教授に話を続けるよう促す。
 「私には第三の神憑り、御屋形様の仰るところのニギハヤヒの神憑りと遭遇した過去があるんですが、これが物理学的に言えば、ずば抜けた奴でした。あれこそ正に神憑りと云える人外の存在です。やはり零子生命体をつれていましたよ。その経験があるから推論をたてられるわけです。つづけます。」
 神憑りは自然物の法則を操作することに長けている、重要なことはエネルギーを無限に変換できる点だ。目の前に塊となっている鉱物が仮にあったとすればその「塊として居続けるためのエネルギー」すら変換できる。一般的な化学反応を必要としない、常識を逸脱している。この第六の神憑りは超音波を発生させて自らの掘削した土壌を水と土と重金属にわけた、なぜそんなことが出来るのか?神憑りには「そのために必要なエネルギー量」という枷がないからだ。
 そしてこの神憑りは逢坂湾に重金属によって島を、逢坂海遊館の付近に土によって山を形成した。なぜそんなことが出来たのか?気圧の変化をコントロールした?その程度のことでこのような器用な真似が出来るわけがない。あまりにも美しすぎる。矢島教授は言う。
 「おそらく我々とは別の時間表面に逢坂湾の中と逢坂海遊館の近くに人口の島と山があったんでしょうね。そして『その別の時間表面の存在の確率をこちらの時間表面に貼り付けた』、だから掘削された鉱物は行儀正しく逢坂湾に落ちて、土は逢坂海遊館付近に落下したのでしょう、まるで吸い込まれるように。あるべきものがあるべきところに落ち着いたということです。何度も言いますが時間はこの小宇宙の中に複数存在し、その中で可能性は集約されるのです。ですからこの第六の神憑りはより存在する可能性が高い時間表面から当該地域に人口の山と島が存在することを見つけ出し、我々の時間にそれが存在する可能性を張り付けた。そうすることによってこの時間の逢坂市民を土砂災害から守ったのです。」
 空調は『除湿モード』になっている、おそらく経年劣化のせいだろうが、ひどく機械音を会議室に轟かせている。買い替え時なのかもしれない。
 
 矢島 隼人。下関大学物理学科教授。その怪異に対する経験値と物理学に対する知識は伊達ではない。そう、彼はただのパンティーを奉る会のカリスマではないのだ。
 私たちが仮に街角でパンティーをかぶっている人を見かけたら単なる変態と決めつけるべきではないのかもしれない、是非友好的に語りかけてみよう、どうなるかはわからないけど。やってみる価値はある、たぶん。知らんけど!!

逢坂紀行
 他人様のキスシーンとかロケーションとかにやたらと時間がかかる。ということを思い知る。それと取材はやっぱり金がかかるんですよ。とはいえ私はただただ供給しつづける所存でおりますので、負けません。必要なものはすでに頂いております!
 尾張裕子のモデルはモーモールルギャバンのユコ カティさんです。現在おかぁちゃん活動でオリコンランキング第一位ですね。

 







 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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