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出版の多様性

HON.jp設立10周年記念カンファレンスの中のセッションの一つ『セッション2-1:個人出版「セルフパブリッシングが出版の多様性を守る」』に登壇させていただきまして。

その準備で先に提示されていたお題について考えていると、これは自分の創作人生に深く関わるテーマだと思った、という話をこの間書いたのですが。

そういえば、それがHON.jpへの参加理由だった、という話を本番でしそびれたので、それも含めて、ちょいとここに書いてみようと思います。

ちなみにカンファレンスのアーカイブ動画視聴チケットは9月いっぱいご購入いただけますので、ご興味おありでしたらぜひどうぞ。こちらから。

さて本日のお題に参りましょう。僕はもともとは漫画家です。子供の頃から漫画家になると言っていました。ひたすらプロデビュー、そして連載を目指してがんばっていたのです。

大人になり、本格的に漫画家修行に入ります。なかなか結果が出ません。最初のうちはいいのです。単純に下手だからです。

特に僕は、渡辺宙明先生のところでアシスタントをして、ネームも見てもらっていたので、具体的な指摘を受けて、そういう自分の至らなさはわかっていました。西川秀明先生もご近所だったので、よく見てもらっていました。プロの先生に見てもらうと本当に勉強になります。「ここをそうしたいなら、ここをこうしてこっちをこうして……」と、具体的な指摘があり、時には実際に描いて見せてもらえたりするのです。

すると勉強になりつつ、「自分はまだまだなんだな」ということも実感できます。そんな感じで最初の頃は、ただひたすらがんばっていたのですが。

だんだん「あれ? ただ下手なだけではない問題があるな」と気づいてきました。

打ち合わせでのネーム直しの注文が違ってきた。

技術的に上がってきて、大きな穴はなくなってきたので、そういう指摘はされなくなってきた。

なのに通らない。

担当さんに「かわせくんのネームは、すいすい読めるんだけどねえ」と言われる。

「まずここを削って……」と指摘されるシーンが、自分が一番楽しく描けたところだったりする。

僕のが売れる形になってないと指摘されているのです。ストレートに「こういうの描けばいいんですよ」と、打ち合わせスペースの壁に貼ってあったアニメ化作品のポスターを指して言われたこともあります。

そしてこれは、編集さんの言ってることが正しいんですよね。

特に漫画の場合、ずっとアンケートを取っているので、どういうものが売れるのか、データがしっかり蓄積されています。押さえるべきところがあるのは当然です。僕の感性の方がポピュラーなところからずれているのです。

しかし、自分が一番楽しいと思っているところが削られるのが問題です。たいてい何てことないささやかなシーンなんですが、そこでキャラが一番うまく出せたと感じている。そこを削られるということは、自分的にはキャラクターの心臓部をえぐられた形になっていて、極端な言い方をすれば残りカスの形を整えて商品に仕上げなくてはいけない。

しかもライバルはその形のものを心底面白いと感じていて、ノリノリで魂込めて描いている天才だったりするのです。それに対して魂が入れられない状態で職人的なテクニックだけで対抗するとなると、ものすごい技術レベルが要求される。最初はそれでもがんばってうまくなれば何とかなると自分に言い聞かせていましたが、これはぶっちゃけ無理ゲーなのではないか、そんな絶望を感じる時期がやってきました。

さてある日、担当さんにはこの出来なら会議は通るだろうからもう描き始めていいよと言われたネームが編集会議でボツを喰らった時のこと。絶望に打ちひしがれていると、ある思いが頭をもたげてきました。ボツになったので描くのを禁止された気分になっているけれど、描きたいなら描けばいいではないか。僕の描く自由が奪われたわけではないのです。

しかも売れそうな形じゃないということでボツだとしても、人間というのは千差万別で十人十色。読者にはいろいろな人がいます。好みは人によって違う。例えば打ち切り漫画にだって、楽しみに読んでいた人がいるのです。「需要が少ない」のと「需要がない」のは違う。これには採算ラインの問題が含まれている。だからあえて需要の少ないところに行くのは自由。やるかどうかは自分の思い入れと覚悟次第。

そう考えられた時、困難な状況は変わっていないのですが、それが追い込まれた結果の絶望ではなく、自分が主体的に選べることなんだと、気持ちが楽になったのでした。

そして考え方を変えました。企画のカードをたくさん用意して、最初から形がはまっていそうなものを商業出版に持っていけばいい。はまっていない時には固執せず、すぐ切り替える。なかなかカチッとはまらないんですけどね。

そう考えていたところに、KDPが日本上陸。セルフパブリッシングの波がやってきたのです。

商業誌と同人誌でぱっくり分かれていた土俵が、オリジナル作品の電子書籍なら、同じ売り場で扱われるようになった。関わる人を減らして、究極には自分一人で、採算ラインの方を下げて回すことができる可能性が出てきたのです。僕の商業出版には持っていけないなあと思ったカードも、日の目を見るかもしれません。

ちょうどその時ネットで見かけたのが、日本独立作家同盟。セルフパブリッシャー支援をうたっていました。HON.jpの前身です。これだー! と思って参加。イベントにも行き、気付けばイベントを開催する側になっていたということなのでした。

こんな体験を思い返していたら、これこそ「セルフパブリッシングが出版の多様性を守る」という話の別角度視点だと思ったんですよね。このテーマは僕の創作人生とつながってる。

「採算ラインの問題」が重要なのです。人の好みは千差万別ですけれども、それが重なり合って、濃いところと薄いところができます。より売れやすいところがあるわけです。採算ラインが高ければ、そういうところに行くしかない。でも下げられれば、もっと変わった企画が通りやすくなる。

読み手の側からすると、多様性が高いほど、自分の好みにドンピシャな本が出版される可能性が高まる。ドンピシャな本がたくさんあればその人は読書にのめり込んでいき、売り手側にとってありがたいお客さんになる。win-winの関係ができて、みんな満足。

そして前述の通り、その究極がセルフパブリッシングです。

さてそうしてセルフパブリッシングの可能性が開けて早や10年、というのが今回の設立10周年ということなのですが。

あの時考えていたwin-winの世界を実現するには、まだ課題があるなあと。

もともと需要の薄いところに行くとします。僕で言えば前述の出版社に持っていかないカードです。あと中小出版社はわりとそういうテーマのものを扱っている印象です。ここが成り立つのが、まさに出版の多様性。

ただ、マイナーだけれど名前が付いているジャンルであれば、関心のある人達がそのキーワードのもとに集まっているので、ちゃんと読者と出会えるのですが、そうじゃないとき。

それを好む読者の人口密度は低く、薄く世の中に広がっている状態なので、出会うためには情報の方も世の中に広めないといけない。読者を魚に例えると、一本釣りでは狙えず、底引き網で大量に獲って、ようやく中に何匹かいるというイメージ。バスりづらいものをバズらせて、それでようやく希少な好みの読者さんと出会えるという、すごいジレンマがあるわけですよ。

最近漫画はSNSで広める手法が確立してますけど、小説だと本当に難しいですね。短い文章を載せたとしても、ぱっと見には向いてないですからね。

ここで何かいい手がないかなー、というのが最近ずっと考えていることなのでした。

ちなみにそこで、HON.jpが以前発行していた月刊群雛の「群れて目立つ」というコンセプトはいいなと思っていて。

だから休刊になった時に『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』を立ち上げて、みんなで続けているのですけれども。

群れただけでまだ十分目立ててないよなあ、というのが問題。さあ、どうしましょうかねえ。

途中から入るのはハードル高いかもしれないと、連載第1話目を集めた『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSEスターターパック』を作ってみました。ご興味おありでしたら、こちらもぜひどうぞ。

(ブログ『かってに応援団』より転載)

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