キャプテン・ラクトの宇宙船 第5話
五 暗闇の天使
「いやだ! 放してよ! 〈はやぶさ〉に帰らせて!」
酒場から連れ出されたラクトは、大人三人に囲まれてそのまま連行されていく。じたばた暴れて、行くもんかと抵抗してみたけれど、艦隊士官二人に両わきからがっちりかかえられていては、どうにもならない。
身長差があるので、ラクトは宙に浮いている。空いている足で両隣をけっとばしてみたが、そこはきたえられた艦隊士官。子供にけられた程度では、二人ともしれっと気にしていない様子。
暴れながら連れていかれるラクトはとても目立った。うち二人が艦隊士官の制服を着ているのだからなおさらだ。けれど、その制服が、何か事情があるんだろうと周囲を納得させている。助けが入る様子はない。
「うー……」
不満げにうなり声をもらしながら、ラクトは仕方なく抵抗を止めた。力ずくは無理そうなので、隙をうかがうしかない。
いつもなら助けに入るはずのイチコはと言えば、〈はやぶさ〉に帰らされてしまっていた。
イチコはアンドロイドなので、人の命令を聞かなくてはいけない。基本はユーザーであるラクトや両親の命令が優先なのだが、艦隊や警察は緊急時の場合、オーバーライド(命令書きかえ)の権利を持っている。今回は子供の保護という要請が親族であるおじいちゃんおばあちゃんから来ていたので、それでその権利を使ったのだろう。
つまり、イチコの助けは今後も来ない。何とか自力でにげださないといけないということだ。
連れて行かれたのは宇宙港の待合室。それも一般の待合室ではなく、VIP用の個室だった。こういう部屋があると知ってはいたけれど、入るのは初めてだ。調度品からして豪華で、目をうばわれる。
いや、目をうばわれるのを期待しているというのが正解だ。ラクトには、そんなことよりにげだすことが最優先。両わきの様子に神経をとがらす。二人の士官もこの部屋に入るのは初めてのようで、どちらからともなく、ほう、とため息をついた。
「今だ!」
ラクトはかかえられた腕をふりほどいて、扉に向かって一気に引き返そうとした。しかし、一瞬のち、女性士官がすばやい反応を見せて、ラクトに追いつきつかまえる。
そのまま女性士官にしっかりかかえられて、身動きが取れない。すらりとスタイルがよく、そんなにがっちりしているようには見えなかったのに、アンドロイド? と思ってしまうぐらい力が強い。
それにとにかく反応が速い。気を使ってやんわりとかかえ直したが、またにげようとすると、その気配をすばやく察知してぎゅっと力をこめる。
「ぐえ」
しめつけられてカエルがつぶれたような声がもれる。それを三度四度とくり返して、この人を出しぬくのは難しいとしぶしぶ認めることになった。
そんなラクトを女性士官は不思議そうに見ている。
「そんなににげたいですか? 私もお話しましたが、おじい様もおばあ様もとてもよい方のようでしたよ? 御両親が見つかるまでの間だけ、お世話になればいいじゃないですか」
几帳面な性格のようで、暴れるたびに乱れるラクトの服装を、ていねいに直す。体の前にラクトをかかえ、そっと優しく、髪をすく。
「小さな子供が宇宙へなんて、例え優秀なロボットたちがついていても、みんな心配しますよ」
むっつりだまって答えないラクト。両親が行方不明の今、〈はやぶさ〉まで手放したら、みんなばらばらになってしまって、もう元にもどらないのではないか、という不安がぬぐえない。それを悪夢に見るほどだ。でもこれを大人にうったえても、そんなことはない、心配しないで任せておけとしか言われない。
だれも真面目に取り合ってくれないので、自分で努力するしかないのに。
しかし、女性士官は心配して言ってくれている様子なので、ラクトはおとなしく、されるがままにしていた。
児童福祉局の職員は、そんなラクトのことには関心がない様子。男性士官と立ち話。
「それにしても異例ですよね。艦隊に地球の児童福祉局から協力要請が来たのは、初めてですよ」
「ええ、私もこういうケースは初めてです。依頼主はかなりの有力者なようですね。上司がずいぶんと力が入ってましたから。裕福な家柄だそうですよ。もうそろそろ、地球から到着するはずです」
「え! 依頼を出してから出発ですよね? それでもう着くということは、直接地球から急行便ですか?」
「ええ、それもチャーターで」
「それはまた……」
ラクトもびっくりした。急行便は燃料を大量に食うために運賃は高い。しかもそれを借り上げるとなると、ちょっとした金額になる。個人の移動のためだけにそんな船を借り切る人は、めったにいない。裕福なのは聞いてはいたけれど、自分に身近な宇宙船の話になって、初めて実感できた。
それにしても。
おじいちゃんおばあちゃんが来るのは気が重かった。二人ともラクトにはとても優しかったからだ。そんな二人の言うことを聞かず、ビデオメールまで無視した。今回チャーター船まで用意して引き取りに来るのだから、本当に心配しているのだろう。こんな強硬手段をとったのもそうだ。それはわかっているのだけれど。
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