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キャプテン・ラクトの宇宙船 第8話

  八 ぎりぎりのぎりぎり

「ラクト、これほんとに減速足りてるのか? 進入路には速度制限があるんだぞ!」
 海賊をふりはらって二日目。地球到着が目前となった〈はやぶさ〉のブリッジで、アライ二尉ははらはらしながら、ラクトの操船を見守っていた。
 アライ二尉の目の前のホロウインドウに、これから入港する宇宙港と〈はやぶさ〉が表示されているのだが、航路も〈はやぶさ〉も赤く点滅している。全速力ですっ飛んできた〈はやぶさ〉は、姿勢を変え、メインエンジンを進行方向に向け減速しながら進入路に向かっているけれど、今だ制限速度をこえたままなのだ。
 ラクトは自分のホロウインドウから目を離さず、手早く答えた。
「だいじょうぶ、手前で目いっぱい減速するから! とにかく時間をかせがないと! イチコ! このペースで間に合う?」
「ほんとにぎりぎりです、らっくんー」
「ラクト! 向こうの会社の人に連絡ついたよ! 宇宙港に引き取りに来てるって!」
「了解、ミミ! アライ二尉、自衛艦隊優先軌道使用の申請は?」
「もうすんでる……って、ラクト! これ、コース外れてるんじゃないのか?」
「ぎりぎり内側を回るの!」
 額を流れる汗をぬぐいながら、アライ二尉はとなりの席のハヤカワ三尉にぼやく。
「艦隊でだってこんな無茶な操船しないぜ。だいじょうぶかよ、ほんと」
「すごいですね、マニュアルなのに、ほとんど修正舵がありません」
「勝手知ったる自分の船とは言え、ほんとに体の延長みたいに操るな。ベテランパイロットどころか、めったにいないぞ、このレベル。……おい、ラクト! やっぱり減速足りてないって! 速度オーバーでつっこむぞ!」
「計算してあるよ! イチコ、姿勢制御スラスター準備! 接岸用の分しか残さなくていいからね! 全スラスター噴射!」
 本来は向きを変えたり船を接岸させたりする時に使う、姿勢制御スラスター。そのノズルを全て進行方向に向けて、全力噴射する。
「うわ、そこまで使うのか」
 アライ二尉があきれた声を出す。そんな使い方は操船マニュアルにはのってない。でも効果はてきめんで、速度超過の赤い表示がホロウインドウから消えた。
「こちら〈はやぶさ〉。ステーションⅢへの接岸許可願います」
 ミミが宇宙港へ連絡を入れる。ふつうなら待機軌道で待たされたりとかするところ、自衛艦隊用の優先軌道を使っているので、止まらずに行ける。
『了解、五番エプロンへどうぞ』
「ラクト、五番だって!」
「五番は……うわ、反対側だ! 回りこまないと!」
 時間は仕事のしめきりぎりぎり中のぎりぎりだというのに、示されたのは一番遠い船着場だった。ラクトはスラスターをふかしてコースを微調整する。速度制限はステーションに近づくにつれて厳しくなっていく。ぴったりそれに合わせて減速していく〈はやぶさ〉。ステーションをなめるようにすれちがう軌道だ。
「これでもまだ一応制限軌道内なのか」
 アライ二尉のつぶやきに、ハヤカワ三尉は答えない。見れば顔をこわばらせて、かたずをのんで見守っている。艦隊に勤務していれば、民間船よりはるかに危ない航海も経験しているのに、今のこの操船はそのどの体験をも上回っている。
 ぐんぐん近づく銀色にかがやく軌道ステーション。昔ラクトが大きいと感心した、あのステーションだ。今や、ブリッジの壁面モニターいっぱいに、大きくせまって映っていた。これだけ急速に近づけば、ステーション内で見ている人は衝突するんじゃないかとはらはらしているだろう。しかしラクトは、これでも間に合うんだろうかとはらはらしていた。
「こんな制限速度低くなくてもいいじゃん! こんなのでぶつけるやつは、どへたくそのど素人だよ! この三倍でも平気だよ!」
 はらはらするあまり口をつくラクトの暴言に、士官二人はもうあきれるばかり。
 目で見てるだけでも、猛スピードで近づくステーションの姿はものすごい圧迫感がある。船と同調してるラクトは、それを実在の感覚としてとらえているはずだ。それでもまったくひるむ様子がない。
 ステーションの壁面がモニター上を流れていく。待合室はガラス張りで、中には大勢の人影が見える。その人たちの表情までわかるようだ。
 ステーションを通り過ぎようとするところでスラスターを噴射。五番エプロンに向かって回りこむ軌道に入った。ラクトは貨物室のロクローに連絡を入れる。
「ロクロー! 荷物がっちり固定してある?」
『だいじょうぶです、キャプテン!』
「貨物室の扉、内外同時に開けるよ! 放り出されないでよ!」
『了解です!』
 接岸軌道に入る手前で貨物エアロックを開けた。内外同時ということは、中の空気を捨ててしまうということだ。積荷の運搬にかかる時間もけずるため、エアロック同士の接続をやめて、ロクローが直接運びこむことにしたのだ。
 貨物室の余計な物は全部よそに片付けて、送り出す荷物とロクローだけが待機していた。扉が開くやいなや、どばっと空気がぬけ、外の真空に膨張して一気に冷やされる。空気にふくまれていた水蒸気が氷に変わり、きらきらと白い雲が広がってうすれていく。
 空気をはき出した衝撃が船に走るが、その反動により船着場がぴたりと目の前にきた。
「うわ……これも計算に入ってるのか」
 アライ二尉はあきれ顔だ。
 あんなに強引な操船だったのに、接岸はまるで羽根がふわりとまいおりるように静かで、ドッキングの衝撃はほとんどなかった。
 すぐさまロクローは荷物の運び出し。自分の内蔵スラスターを使い、大きなコンテナをステーション側のエアロックにおしこんでいく。
「時間!」
「ぴったりです、らっくん!」
「よし!」
 ラクトは大急ぎで人間用のエアロックへ向かう。荷物を発注した会社の人が待っていた。ラクトを見てちょっと目を見張ったが、先に連絡が行っていたのだろう、子供であることにはおどろいていないようだった。
 ラクトの差し出すタブレット端末に、受け取りのサインをする。
「はい、時間通り受け取りました。ご苦労様」
「ありがとうございました!」
 ラクトは受け取りをもらったタブレットを胸にかかえ、ほっと一息ついた。会社の人も安堵の表情だ。
「いや、それにしてもよく間に合ったね。最初の便が海賊におそわれて、次を出そうにも他の人が二の足ふんでいるという話だったから、もう間に合わないと覚悟していたんだけど。ちなみに……」
 ちょっと言いよどむ。
「君が操船していたの? 自動船の登録のようだけど」
「えっと、あの……」
 カサクラ艦長が、自動船をラクトが操船しているのは問題だと言っていたのを思い出す。メインベルトはあまりに広く、自治領ばかりで政府の手がおよばないので、その辺はいいかげんだったりするのだが、地球だとおとがめを受けるかもしれない。
 ラクトがどう答えたものかと思案していると、会社の人は察したようで、にっこり笑って言った。
「ステーションへの接岸は見事だった。これだけ『高性能の自動船』を手配してもらえるのなら、ぜひ今後ともよろしくと、オオムラさんに伝えてください。『君の船』を直接指名するかもしれないよ」
「ありがとうございます!」
 ラクトは飛び上がらんばかりの勢いで頭を下げた。うれしかった。やっと自分の腕を証明することができた。いい仕事も取れるかもしれない。これがどうしてもほしかった第一歩だ。
 それになんと言っても、これでゴヘイおじさんの仕事も守れた。コトネもナナエもヤエも、みんないっしょに暮らし続けることができるんだ。トウキョウに帰って遊びに行けば、またあのさわがしくて楽しい家が待ってるんだ。
「やったね、ラクト!」
「さあ、らっくん、トウキョウに連絡してあげましょうよ。みんなきっと待ちこがれていますよ!」
「うん!」
 ビデオメールをトウキョウに送る。距離があるので、返事が帰ってくるまで時間がかかり、もどかしい。
『ありがとう、らっくん。ありがとう……』
 コトネはぼろぼろ泣いていた。すごく心配だったのだろう。双子たちもつられて泣いていた。ゴヘイおじさんもただただ、ありがとうとくり返すばかり。
 ようやく最後に、コトネは涙をぬぐって、にっこり笑った。
『カレー、肉大盛り、だよね』
 守りたかった笑顔が見れて、ラクトはとてもうれしかった。
 ビデオメールを見て気がゆるんだら、もうれつにねむくなってきた。ここ何日かちゃんと寝ていないのだ。目をこすりこすり、うとうとし始めたラクトに気づいて、みんなほほえみながら、静かにと口元で指を立てた。

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