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クローン04 第11話

十一 交換可能の部品

外は嵐。夜半過ぎ。
 表の荒れくるう闇とは対照的に、その部屋は明るい光に満たされていた。
 単に輝度の高い照明が点いているだけではない。白い壁、白い天井、そして並ぶ機器類も白い外装をしており、ことさら明るい印象を強めている。
 そこに白衣を着た男がいた。そこら中で光るモニターをのぞきこんでいる。その男がおどろいたようにつぶやいた。
「九十六号が仕留めそこなったって?」
 ここは暁里(シャオリ)生物科技本社検査室。そこで様々な機器に取り囲まれるようにして、部屋の中央で椅子に腰かけているのは、今話題に出た九十六号だ。
 コートをぬぎ、タンクトップとロングパンツという姿で、すらりとしたなめらかな身体の線が浮き出ている。白を基調とした部屋の中で、彼女の黒い出で立ちはコントラストを強調し、ひときわ目立つ。姿勢正しく、身動き一つしないのも異様だ。
 技術部のスズキは、その九十六号にセンサーを近づけ、数値を確認していた。九十六号が襲撃に失敗し負傷してもどってきたと聞き、検査を行っているのである。
 スズキはもう一人、この部屋にいる男に話しかける。
「だとすると、その個体はけっこうな当たりだな。加勢があったとはいえ、九十六号相手に生き延びるとは。カタログ性能では三十パーセント近い開きがあるんだ。刷り込みが外れた不良品だなんて、おしいことをしたな」
 「その個体」とはリンスゥのことだ。壁際で作業を見守っているクロサキはうなずいた。
 九十六号が帰還し、相手に援護があったとはいえ作戦に失敗したと聞いた時には、自分も耳を疑った。世の中に絶対はないとわかっている。だが、その可能性は著しく低いはずだった。それぐらい、この新型と従来市販品の間には、性能の差がある。しかも奇襲で、先手を取ったのだ。
 モニターを見ながらスズキは続ける。
「協力者の存在もほぼ確定だな。戦闘記録を見ると、相手の反応はかなりいい。きちんとメンテナンスされているはずだ。それに建物内にセンサー網があって、それと統合されてたんじゃないかな。視界外からの攻撃にも反応している」
 スズキの分析にクロサキは眉をひそめた。
「となると、その協力者はSYRシリーズをいじれる、くわしい人間だということになる。事情も知らされていると思うか?」
「可能性多いにありだ。焼却施設でのデータの改竄も、本人がやったとは思えないからな。かなり深いレベルで協力してるだろう」
「では、そいつも対処しないといけないな……増援をたのむか」
「そちらは俺の専門じゃないが、この手際を見ると非合法活動にも慣れてそうだから、その方がいいだろうな。……よし、チェック終わり。右腕のしびれは一時的なものだ。明日には感じなくなってる。朝、違和感が残っているようなら、神経反応を微調整するよ」
「ありがとう」
 九十六号は立ち上がり、かけていたコートを取る。
 部屋を出ようと振り返ったクロサキの耳に、廊下にあふれる人の声が届いた。大きな指示の声も聞こえる。かなり緊迫した様子だ。
「この時間帯にしては人が多いな」
「ああ、もどってきたんだな。大陸系と大きな衝突があったそうだ。死傷者がけっこう出たらしい。ウチの部署にも、トリアージの要請が来てた。俺以外はかり出されてるはずだ」
「ふうん。……増援に影響は?」
「それは大丈夫だろう。やられたのは戦闘部隊じゃなかったそうだ。戦闘用クローンの損耗は少ない」
「そうか。なら、よかった。九十六号は明日朝の様子を見て連絡する」
「わかった」
 クロサキは九十六号を従えて廊下に出た。
 いきなり喧騒の中に放り込まれる。
 衝突規模は、スズキの言葉から予想した以上に大きかったようだ。深夜だというのに、対応に追われている大勢の社員たちが、廊下をかけ回っている。これほどのさわぎはめったにない。
 クロサキは本部に顔を出すべきかどうか、しばし考えた。
 この規模の武力衝突となれば、部署ちがいとはいえ、自分にも関係がないとは言い切れない。増援として呼ばれる可能性はある。
 ただ、現在自分が手がけている案件は、重要度としては特Aランクだ。協力者の存在もほぼ確定し、速やかな対応が求められる。
 今日の報告書を上げれば、この件が後回しになることは、まずないだろう。
 クロサキはそう結論すると、自分のオフィスに向かうことにした。
 そこに、ストレッチャーの一団がやってきた。重傷者を乗せているようだ。
 道をゆずる。
 目の前を通り過ぎていく、何台ものストレッチャー。
 その中に、知った顔が一つ。
 タナカ?
 衝突があったのはやつのブロックか!
「おい! ちょっと待ってくれ!」
 ストレッチャーを押している男は、一瞥してクロサキの顔と名前を確認すると、足を止めた。独立した行動を取ることの多いクロサキは、組織のヒエラルキーの中ではかなり高い地位にいる。クロサキの命令や要請は、たいがいの社員に通る。
 そばにかけ寄った。顔にも身体にも大きな傷あと。おびただしい出血が衣服についている。意識はない。
「容態はどうなんだ?」
 運び手に聞く。
「よくないですね。応急処置のあと検査しましたが、神経系統の損傷がひどいです。完治させるには相当のコストがかかります」
 その言葉を聞いてクロサキは顔をしかめた。それが意味するところは、一つしかない。
 クロサキの表情から心の内を読み取った男は、首を縦に振った。
「ええ、そうです。廃棄処分です。この連中は全部そうですよ。大損害だ」
 顎をしゃくって後ろを示す。何台ものストレッチャーが並んでいた。みんな、タナカと同じく重傷で血まみれだ。
 中には手足が切断されている者もいた。見ればタナカの左腕も、一応くっついてはいるが、肘から先がおかしな方向に曲がっていることに気づいた。
 確かにこれでは仕方ない。
 一命を取り留めたとしても、きちんと完治させなければ障害が残る。そうなれば、戦力としては当てにならない。
 再生医療技術の進んだ現在、負傷を見た目よく治すこと自体は十分可能だ。だが神経反応をふくめた中身まで、以前とまったく変わらない状態にもどすには、いくどもの手術と長いリハビリ、高度な調整が必要になる。
 そのコストと、完全回復させた場合のベネフィットを比較判断する。それがスズキの言っていた、この場合の「トリアージ」だ。
「そうか……」
 タナカの顔を見つめる。
 わりと気が合い、仕事も何度かいっしょにした。その時は有能でたよれるパートナーだった。
 廃棄処分か……。
 脳裏を昼間のクローンの姿がよぎった。
 
 必死にはい寄り、すがりつく姿。
 振り返った時に流した、大粒の涙。

「あの……」
 男がおしだまるクロサキに声をかける。その言葉にクロサキは我に返った。ストレッチャーからはなれる。
「ああ、邪魔してすまなかったな。行ってくれ」
 ストレッチャーの列は動き出し、角を曲がった。その先にエレベーターホールがある。
 そしてその先は……。
 クロサキもそのエレベーターで自分のオフィスのある階へ向かうところだったのだが、今行けば、いっしょに待つことになる。あの数を一度には降ろせないので、当然何往復かするだろう。すると必然的に、彼らの行く末を確認することになる……。
 クロサキは首を振り、踵を返した。遠回りになるが階段を使う。
 三つ上の階にある自分のオフィスに着いた。照明を点けようと壁に手を伸ばし、ためらう。
 結局手を下ろし、そのまま机に向かうと、端末を立ち上げた。大型ホロディスプレーが浮かび上がる。そのぼんやりした明かりだけが、部屋を照らす。
 椅子に座り、デスクに両肘をつき、額を手の甲に預けた。
 仕方ないことだとはわかっている。『すべてを利益のために』が会社のモットーだ。利益のために、コストは厳重に管理されなければならない。利益の創出に参与できない構成員がいてはならない……。

すがりつく、ショックを受けたあの顔。

「くそっ!」

額を預けた手の下からのぞきこむ。
 九十六号の姿。
 九十六号は、ふだんとちがうクロサキの態度にまったく関心を持つことなく、いつも通りに、待機していた。
 背筋を伸ばして、ソファーに腰かけている。顔は正面を向いたまま。表情も変わらない。
 立ち上がり、机を回って九十六号の前に立つ。
 顔をのぞきこむ。九十六号の反応は無し。呼ばれなければ、こちらを見ることもない。
 顎に手を当て、上を向かせる。
 この時初めて、九十六号と目が合った。
 まったく感情の動きがない瞳。
 意思の光を持たない瞳。
 顔を寄せ、唇を吸った。
 何度もたっぷりと。
 それでも九十六号は反応しない。
 ノースリーブのぴったりとしたシャツをたくし上げ、胸をあらわにする。
 照明を落としたオフィス。
 黒いシャツとロングパンツの間の、白く浮かび上がる身体。
 やわらかく美しい曲面からなる双球。
 ドンと肩を押してソファーに突き飛ばす。
 横たわる九十六号におおいかぶさるようにして、背後から二つのふくらみをつかむ。
 そのふくらみは、クロサキの手の動きに合わせ、形を変える。
 九十六号はまったくなすがまま。
 大きく円をえがくようにクロサキは乳房をもみほぐす。
 やがてその動きに自分自身がいきり立つのを感じると、九十六号の腰の下に手を入れ、引き起こす。
 九十六号は引かれるまま、素直について動き、四つんばいの姿勢になった。
 手を回してベルトを外し、ロングパンツを引き下ろす。

多くの生物が群れを作る。人間もその仲間だ。
 人の群れは共同体となり、やがて高度な組織を構築した。国家しかり、企業もしかり。
 生物の中には昆虫のように、群れの中で一つの役割にてっして、自分の命さえ差し出すものもいる。それは本能によるもので、そこには何の感情もない。
 だが人間はちがう。高い知性と共感能力を持ちながら、組織の構成員に犠牲を要求する唯一の生き物だ。他人が人だと知りながら、その心を無視して道具のように使い捨てる。

クロサキは自分の物を取り出すと、九十六号の中心へねじこんだ。
 かわいたそこは儚い抵抗を見せたが、お構いなしに押し進める。
 これだけされても九十六号には何の反応もない。

心ない道具をあてがわれ、使いこなしていると思っていたが、俺自身もまた、『暁里生物科技』の道具だ。
 いつか使い捨てられる、交換可能の部品……!

クロサキは腹の底に渦巻く感情をいっしょに吐き出そうとするかのように、激しい抽送を続ける。
 内蔵を突かれ、横隔膜をゆさぶられ、九十六号の口からはクロサキの動きに合わせて、かわいた短い吐息がもれ続けた。
 だがそれも、九十六号にとっては、何の意味もないことだった。
 クロサキにその身を使われながら、彼女の脳裏には昼間、そして夜にももう一度向かい合った、若い女性の顔が浮かんでは消えていた。
 なぜその顔が重要な情報のように何度も浮かんでくるのか、彼女には思い当たる理由がまるでなかった。
 だが彼女の意識の奥深く、押し殺された心のすみで、暖かな感情がその姿と共に生まれては、淡く消えていった。
 それは、自分に近しい姉妹への想いだったのかもしれない。
 だが彼女は自分のそんな心にも、気づくことができなかった。

〈第12話へ続く〉

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