月に棲むもの ~美しい夜空の向こう側~
川瀬流水です。10月を前にしても蒸し暑さが続き、秋が無くなってしまうのか、と心配する日々を過ごしましたが、次第に収まりつつあるようです。
ふと、夜空を見上げると、月はクールな輝きを見せ始めているように感じられます。
今年の旧暦 8月の十五夜は、 9月17日(火)、望月(満月)は、翌日の 9月18日(水)、でした。このうち、中秋の名月は、 9月17日を指します。
夜空に輝く月は、不思議な力を持っています。我々は、潮の満ち引きにみられるように、月の力と我々の日々の生活は深く結びついている、と感じてきました。
古来より、木々や垣根に巻き付いて、上へと伸びるツル植物は、月と人をつなぐ「結び紐」(むすびひも)の役割を果たす、と考えられてきました。中秋の名月に、ブドウをお供えする地域もあるようです。
神戸・裏六甲の山麓にある自宅には、街中には珍しい野生の植物が自生しています。
わが家の門扉には、いつのまにか自生した「野ブドウ」がからみつき、毎年紫色の可愛い実をつけています。おかげで、門扉は開閉できなくなってしまいました。
中秋の名月の季節になると、門扉の野ブドウを通じて、わが家に月のパワーをもたらしてくれている、と感じています。
中秋の名月には、窓辺に秋の草花を飾るお家も多いと思います。今年は、黄色い菊花にススキ、青色と白色のリンドウを、飾ってみました。
稲作を生業とする人々にとって、天に向かって伸びる稲穂は、神さまが穀霊となって降り立つ「依り代」(よりしろ)と考えられてきました。
中秋の名月には、こうした稲穂に代わって、形の似ているススキが供えられるようになった、といわれています。
ススキには邪気を祓う力がある、とも考えられてきました。
月には、作物に豊かな実りをもたらす神さまが棲んでいて、供えられたススキに導かれ、穀霊となって稲穂に降り立ちます。そして、ススキの邪気を祓う力に守られて、稲穂に確かな実りをもたらすのです。
月の模様は、これまで、世界中で様々なモノに見立てられてきましたが、なかでも一番なじみ深いのは、餅をつくウサギ、ではないかと思います。
月にウサギが棲むという発想は、古代インドが起源ともいわれています。中国では、ウサギが、餅つきの道具である杵と臼を使って不老不死の薬を作っている、とイメージされ、それが韓国や日本では、餅をつくウサギへと変化していったようです。
ウサギは、とても可愛らしい動物ですが、時によって、何か得体のしれない不気味さを感じさせてくれる存在ともなるようです。
中国古代、六朝(りくちょう)時代の志怪(しかい)小説を代表する『捜神記』(そうしんき)に、「兎怪」(とかい)という不思議な物語があります。
魏の黄初年間(西暦220~226年)、ある男が馬に乗って夜道を通っていると、突然目の前に、両眼が鏡のように輝き、ぴょんぴょんと飛び跳ねるウサギのようなモノが現れ、飛びかかろうとしたので、気を失って落馬した。
正気を取り戻して、再び馬に乗って進んでいると、同じく馬に乗った一人の男に出会った。親しく話すうち、怖ろしい化け物に出会ったことを話すと、その男は「それは、どのような姿だったのか」と聞く。
事情を話すと、男は「では、振り返ってみよ」という。何気なく振り返ると、その男はウサギの化け物に変じていた・・・
月には、高貴な人々も棲む、と考えられてきました。
『竹取物語』は、我々にとって、とてもなじみ深いものですが、改めて読み返してみると、かぐや姫は月の姫なのだということを、随所に感じられます。
とても幻想的で、サイ・ファイな物語ですが、そのなかで、ずっと心に残っている文章があります。
かぐや姫が、帝の想いを振り切って、十五夜のそのときに月に帰ろうとする件(くだり)です。
「今はとて 天の羽衣 着る折ぞ 君をあはれに 思い出でける」とて、壺の薬添へて、頭中将呼び寄せて奉らす。(中略)ふと天の羽衣うち着せ奉りつれば、翁を、いとほし、愛(かな)し、と思いつることも失せぬ。
(かぐや姫が)「今まさに、天の羽衣を着る時が来ました。あなたさまのことを、しみじみと思い出しております」と歌を詠み、壺の薬を添えて、頭中将を呼び寄せて(帝に)献上させました。(中将が受け取ったので、天人が、かぐや姫に)急ぎ、天の羽衣を着せて差し上げると、(かぐや姫は、今まで)翁のことを、気の毒だ、いとおしい、と思っていた気持ちを、すっかり失ってしまった。
文章の最後「思いつることも失せぬ」という、簡潔で、クールな表現に、かぐや姫は、我々が住む世界とは隔絶された異界の姫であることを、痛感させられます。
中国では、中秋節のお供え物として「月餅」(げっぺい)が食べられていましたが、現在では、親しい人やお世話になった人に対する贈り物になっているようです。
中秋節のお供え物という風習が日本に伝わると、イモ類やマメ類に姿を変え、さらに転じて、現在の「月見団子」になりました。
中秋節に、神戸南京町へ行ってきました。
月餅の品揃えが豊富な「東福(南京町本店)」で、一番人気の「伍仁(ウーニン)大月餅」を購入しました。水分少なめで、ナッツ類の餡がぎっしり詰まった濃厚な味で、とても美味しかったです。
お月見の頃は、イモ類の収穫期にあたることから、日本では「芋名月」とも言われます。豊作を祝い願う意味も込めて、サトイモなどの収穫物を供える地域もあるようです。
月見団子は、関東では丸い形のものが多いようですが、関西では、先を少し尖らせた餅を餡で包んだサトイモ型のものが、一般的だと思います。
今年は、神戸阪急に入っている和菓子店「仙太郎」で、サトイモ型のものと、ウサギの形をしたものを購入しました。小ぶりですが、とても甘く、モッチリとした食感で、十五夜を感じることができました。
港町神戸は、全国でも有数の洋菓子王国です。洋菓子店でも、お月見にちなみ、様々に意匠を凝らしたお菓子が作られます。
今年は、神戸発祥の「モロゾフ(神戸本店)」で、ウサギがデザインされたチーズケーキを購入しました。しっとりとした爽やかな味で、ほのかに秋を感じさせてくれました。
月が輝く美しい夜空の向こう側は、とてつもなく遠く、ブドウやススキのようなアンテナを通じてしか、つながりを感じられない世界です。
そして、そこに棲む者は、我々に似ていますが、実は異なる存在です。
遠い世界に思いをはせるとき、文学にせよ、食にせよ、未知のものをイメージする力がかき立てられ、型にはまった現実社会の閉塞感に、新鮮な風を吹き込んでくれるような思いにさせてくれます。