アナタを、ゆっくり思い出す日
デパートのケーキ店に勤め始めたのは、21歳の頃だったかな。大学に通いながら、アルバイトをしていた。
市内でオープンする初めてのデパート。そこに入るケーキ店に、応募して店員になった。オープン当初からいたメンバーはそれぞれの都合で、少しずつ変化していく。二番目の店長が良い方で、店員同士の仲が良かったので、皆、長く続いていて入れ替わりはほとんどなかった。
新しく入る子がいたら、「どんな子だろう?」とドキドキ緊張してしまうほど。
そこに加わったバイト仲間で、印象に残っている3歳くらい下の子がいる。
私の母は当時、ヴァイオリンを教えていて、その生徒の一人だった。
彼女は、母の小学生時代の友人の子供でもある。
母親同士で、幼い頃からすごく親しいわけでもなかったそうだけど、そういうつながりもあって、生徒として迎え入れられた。
レッスン後に母が彼女と話しているうちに、アルバイトを探しているとわかり、私がアルバイトしていたケーキ店に入ってもらうことになった。
母の友人の子でもあり、生徒でもあるから、不信感はなかった。
でも会ってみると、感じは全然悪くないのに、何だかへにゃへにゃとした態度で、笑えてしまった。ちょっと落ち着きがないけど、そわそわしているわけでもなくて。なんというか。ピシッとしていないのだ。
特別だらしがないとか、ヘラヘラと周りを小ばかにしているとかでなくて、仕事ぶりもきちんとしている。でもニコニコでもない。ただただ人が良さそうにエヘエヘ笑う。
白のリボン付きブラウス、グレーのスカートとベスト。それがそのデパートの制服だったけど、忙しくなってくると、彼女は必死になり過ぎて、よくブラウスの裾がスカートから出てしまっていた。
様子が可笑しくて笑いながら指摘すると、「あはは~ヤダほんとですね~」って、本人も笑いながら直す。
でも忙しくなってくると、またブラウスが出てくる。みんな、段々もう指摘しなくなって、「また出してる」って横で笑って流すようになっていった。
ケーキのショーケース越しだとウエスト辺りは、のぞき込まないと見えないし。時間に余裕があると、自分で気が付いて直している風だった。
みんな彼女のことを話す時は、何となく笑ってしまうような、独特の雰囲気を身にまとっている子。
ただ常にそんなだから、本音はわかりにくかった。真面目な話をしようとしても、すぐはぐらかしちゃう。そういう雰囲気が苦手なのかなと思っていた。
***
クリスマスになると、店長から「イブかクリスマス当日、どちらか絶対に入ってね」と通達が来る。
ケーキ屋にとっては、一年の中でも、猛烈に忙しい2日間だ。
私はクリスマスに執着がある。
家族で過ごすこと。
彼氏がいた時も、バブルの時期だったのにディナーの限られた時間だけにしてさっさと帰っちゃう。昼間は一人静かに、そして夜は家族で過ごした。
でもそれはイブの過ごし方で、クリスマス当日は動ける。毎年クリスマス当日にシフトを入れた。
予約で頼まれているホールケーキももちろん、ショートケーキも飛ぶように売れる。
バイトやパートの店員、2日間で総出。
すれ違うのも横向きになってギリギリな店内で、あっち行ったりこっち行ったり、もうてんやわんやなのだ。
お客さんだけじゃない、忙し過ぎる店員も、みんなちょっと高揚する。特別な日。
そんな中でも、彼女はやっぱりエヘエヘ笑い、へにゃへにゃ動き、髪の毛も少し振り乱しつつ、一緒に頑張ってくれていた。
「どんなに忙しくても、あの子ってあの子のままやね」みんなで笑った。むしろ忙しい方が、彼女らしさが出る気がする。
私には夢があったので、大学卒業しても、もう一年、そこで働いた。
もちろんクリスマスにはそこで働く。
その後、ケーキ店を辞め、事務職などを経てニュージャージーへ。
結婚し、ニュージャージーで少し暮らした後、札幌へ。
特別仲の良い子以外とは疎遠になった。
***
ある日、母から電話で聞いた。
「あの彼女、亡くなったのよ」
へ?
耳を疑った。だって当時まだ20代。
ガンだったそうだ。
進行は当然速かったらしい。
母によれば、その数年前にヴァイオリンをやめたそうだけど、ある日突然、喪中はがきが届いたそうだ。びっくりした母が、彼女のお母さん、つまり母の小学生の頃の同級生に電話して、詳しく聞いたとのこと。
入退院を繰り返し、退院の度に、大好きなタカラヅカを観に行っていたそうだ。一度涙を流した以外は泣き言も言わず、笑っていたと言う。結婚もしていた。ダンナさんは、すべてわかった上で結婚したらしい。
彼女の思い、ダンナさんの気持ちを想像して、苦しくなる。
又、母娘でよく庭の雑草を抜いていたらしく、草抜きをしていると時々、娘の存在を思い出すのだと言い、そのエピソードが母の心にも残ったようだった。
私はクリスチャンでもないけど、クリスマスが大好き。
彩り豊かなグッズやイルミネーションなどの飾り付けも、冷たい外の空気も、サンタさんについてのエピソードを皆が話すのも。信じていない、教えていない、も含めて。大人も子供も何かしら物語がある。
毎年その瞬間の思いと共に、たくさんの思い出を、静かに点滅する美しいイルミネーションの中に見る。
私には。
幼少期に見た美しい景色の思い出。
両親との思い出。
バブル時代の異様な盛り上がり。
短いデート。
夫との積み重ねてきた思い出。
息子との楽しい思い出。
ケーキ店での忙しさ。
そしてケーキ店のことを思い出すと同時に、彼女のこと。
どうしてもセットで彼女の記憶がついてくる。
悲しい思い出と思われるかもしれないけど、私にとっては彼女をひっそり、そしてゆっくり心の中で思い出せる日でもある。彼女を思い出すと、やっぱり「んふふ」って、ちょっと笑っちゃうんだ。
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読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。