映画より映画館が好きな人と
映画が好きな人と結婚する。20歳前後はそんな風に強く思っていた。
でも結婚して何年も経ってから気が付いた。
そう言えば夫はそうでもないな。
そんな風に条件を挙げていたことすら忘れていた。
当時は別に不満にも思っていなかった。
最近は夫が映画をわりと観るので、ありがたく思い、いつの間にこんな状況になったのだろうと考えてみた。
結婚するまでも何度か映画は観に行った。
出会いから結婚までが短かったものの、そんな頻繁じゃなく数えるほどだな。
結婚してからも、当時のビデオテープを合わせても、1年に1回も観ていなかったのではないかしら。
その後、結婚6年目で息子が生まれた。それはつまり、息子が生まれるまでに5回も映画を観たかどうか。その程度。
誰だってそうだろうけど、初めての子育ては戸惑いと不安の連続。私は一人の時間もとても大切に思うので、そんな時間をあきらめることも負担に感じた。しかも息子は寝ないタイプで、身体にも負担が激しかった。
生まれてから半年以上した頃に、毎年外食で祝っていた結婚記念日がやってくる。
息、抜きたいなあ。
長い間ゆっくり二人の時間なんかもらっていないし、もちろんゆっくり外食なんて当然ない。
札幌に住んでいたので、駅近くでランチしている時に息子を見てもらえないものか。
どちらからともなく、食事だけでなくデートっぽい時間を過ごしたいねと案が上がった。でもなにしよう。映画でも観る? 映画観て食事だと何時間預けることになる? 息子が急に両親から離れてそんなに耐えてくれるのだろうか。
ゆっくり食事で2時間ほど。映画で2時間ほど。少しはブラブラ歩きたいよね。1時間くらい。じゃあ全部で5時間くらい?
……突然そんなに預けられない。と当時はそう思った。
やっぱり映画はあきらめるか。
しょんぼりしていたら夫が教えてくれた。
「47分の映画が上映されてるよ」
おおう。短いな!
……。でも1時間減らしても4時間くらいだよ。
「ランチを1時間くらい、映画後の感想言いながらのお茶は30分くらいでどうだろう。それなら預けるのが3時間くらいで済む」
平日は週に1回、息子を2~3時間預け始めていたところ。私にはメニエールの症状が出たり自律神経失調の症状が激しかったりで、身体も心も休息がほしかった。頼れる人は周りにいなかったし、夫も必ず休めるわけでもなかった。でも息子にとって「お父さんもお母さんもいるのに、二人から離れなければいけない」のは負担では。初めて預かる場所は、見学はすれど大丈夫か。心配でならなかった。
夫と話し合い、検討を重ね、かくして私たちは、息子を預けて「茄子 アンダルシアの夏」を観ることに。
当時、大泉洋はごくまれに全国番組に出演したり、声優として映画に出たりはしていたけど、まだまだ札幌の人という感覚だった。私たちはリアルタイムで「水曜どうでしょう」の全盛期を存分に楽しみ、前年にレギュラー放送がいったん終了していたので、「大泉君を応援しにいこう!」の感覚もあった。
ところが館内が暗くなり映画が始まっても、心配でならない。映画に入りこみやすい私も全然没頭できない。
主人公ペペが自転車をせっせとこぐ足と、自分の気持ちがリンクし、やたらに「なんか私もあせる!」と思いながら観ていたのを覚えている。
おかげで「茄子 アンダルシアの夏」は、焦燥感の印象が強く残ってしまった。
観終わってからお茶を飲んでいても、夫も私も心ここにあらず。
でも「来年もこんな風に過ごしたいね」と言ってくれた夫のおかげで、私の中でその時間が苦い思い出にならずに済んだ気がする。
そしてそのずいぶん後からだけど、夫は息子を映画館に連れていくようになり、いつの間にか夫は映画館が大好きな人になっている。
私は映画が好きなので、家でも観るのだけどね。
夫は映画館が好き。ストーリー以上に、日常からすっかり離れられる空間が好きらしい。配信より映画館が好きな夫。映画館で観るためなら、山越えの運転だっていとわないのだ。
そして終わってから感想を言い合うのは、二人の共通の楽しみ。たぶん。