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穏やかな父を思う夜
ニュースを見て怖くなって、父を見る。
ウーン。こわいねえ。
父は私の視線に気付いて言う。
「こわいねえ」は時々「大変だねえ」になったり「悲しいだろうねえ」になったり「ひどいねえ」や「つらいだろうねえ」だったり。
年齢が上がるにつれて、布団に入る1時間前くらいからなるべく気持ちに刺激を受けないようにする。寝つきが悪くなったり、夢に出てきたり、夜中起きてしまったりするとわかったから。
だけどうっかり目にしてしまうと、その場に立ちつくしてしまうようなニュースは日々流れる。
学生の頃から社会人になっても、親元をはなれるまで夜になれば一緒にテレビを観ていた。
バラエティ、ドラマ、特にこだわりがないようだったけど、その時間になると父はニュースにチャンネルを合わせた。
その時間。
そこに座って1時間以上経ってしまっている私はのんびりというより、お尻が重たい。物理的にもお尻は別格に重たいけど、とにかく動きたくない時間帯。根が生えたようにどっしり座ってしまっている。母はお風呂に入っているか寝る支度でウロウロしている。
ニュースで自分ではどうしようもできない辛い事件や事故を見ると、自分の気持ちをどのように持って行けば良いのか、不安でならない。こんな悲しいこと、どうしよう。こんなに怖いこと、また起きる? どうすれば防げる? 避けられる? それとも避けられない?
四角のテーブルを囲んで、私がテレビに近い位置にすわるのが常。私の正面は母のすわる場所。テレビから一番遠い壁ぎわに父はすわってくつろいでいる。
首を左に向けてテレビを見ながら不安にかられると、どう言葉を発して良いか戸惑い、首を右に向けて父を見る。
私の気持ちをおそらく察した父はいつも通りの体勢と、いつも通りの声のトーンで、少しけわしい顔をして「ウーン。こわいねえ」と言う。
父の言葉を聞き、眉間にシワを寄せている自分に気付いてすわり直しながら「こわいよね」と言って、またテレビに視線をやる。
今は夫が近くにいたら「こわい」とすぐ言う。「悲しい」と言う。どうしようもできない自分の気持ちを言葉にする。
「こわいねえ」「悲しいねえ」と繰り返すけど、夫はすぐにチャンネルを変える。
知っているニュースは後からいくらでも考えれば良いから、今この瞬間は深追いしなくて良いよ。って。いちいちそうは言わないけど。気になるニュースは二人でリラックスしている別の時に話す。もう長年そんなだから。
一人でいると。ついつい入り込んでしまってチャンネルをそのままにしてしまう。
そしてどうしようと不安になって気持ちがオロオロしてしまう。
でも。
ああそうだこの番組は父が観ていたしきっと今も観ているのだろう。と思い出してなんとなくホッとする。
今この瞬間の気持ちを、きっと分かち合ってくれるだろう。
くつろいだ体勢で、穏やかだけどほんの少しけわしい顔をして。
そしてCMに入ったタイミングで「さ。寝よう」「お風呂入った?」などとうながすのだ。
父とのそんな時間がありがたかったとしみじみする「父の日」がある6月の、ある夜。
今月はお誕生日もあるね。82歳おめでとう。すごく元気だけど、まだまだ元気でね。
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