VIBE ON!
浅井健一に吉井和哉。
そしてもう一人、僕が個人的に日本のロック界で「この人バンドやってなかったらいったい何を職業にしていたんだろう?」御三家に数えているのがチバユウスケだ。
ご存知、ミッシェル・ガン・エレファントやthe Birthdayのボーカリスト兼ギタリストとして邦楽ロックの一時代を築いた男として知られている。
僕はブランキー・ジェット・シティもイエローモンキーも大好きで、その2つのバンドを好んで聴く多くの人がそうであるようにミッシェルにも熱狂していた。
90年代半ば~2000年代初頭は主にこの三組のバンドが日本のロック界を牛耳っていたと言っても過言ではない(絶対言い過ぎ)。
特にバンドの顔ともいえるフロントマンのボーカリストたちはスタイルこそ違うものの、あまりにも「ロック然」とした風貌も手伝い、当時のロッキンオン系少年少女の間でカリスマ的存在だった。
その中でもベンジーは何処か少年の面影を残したピュアな部分があり、彼の人間性は激しいだけのロックではないバンドの作風にもよく表れていたし、吉井和哉は三人の中では圧倒的にトークスキルがあり、地上波の音楽番組に出ても違和感なく馴染んでしまう親しみやすさを兼ね備えていた。
翻ってチバユウスケはどうだろう?
メンバー全員が漆黒のモッズスーツ。
OPに登場してもニコリともしない。
それどころか「一刻も早く帰って浴びるほど酒を飲みたい顔」をしている(どんな顔だ)。
司会者(タモさんとか)に話を振られても会話に参加する事はほとんどなく、彼らを知らない視聴者からしたら「何をずっと怒っているのかが分からない?」或いは「楽器を持ったヤクザ?」と思われても不思議ではない雰囲気をビンビンに醸し出している。
そして、そういう時にチバに代わって喋るのは大抵の場合ドラムのキュウちゃんか、ベースのウエノコウジと相場は決まっていた。
しかし、そんな強面で不愛想なチバユウスケにこそ僕たちはロックを感じていたし、何者にも媚びることの無い反体制な姿勢に心酔もしていた。
ミッシェル解散から数年後、僕が勤める会社にチバユウスケという新入社員が入ってくるという情報を耳にした。
僕を含めた社内でもロック好きの面々は、その情報に一様に色めきだっていた。
何しろチバユウスケと同姓同名の男である。
きっと出勤初日から春なのにライダースの皮ジャンを着てくるだろうとか、
テンガロンハットを被っての登場に違いないとか、ガンベルトのホルスターにはコルト45が装備されているとか、
かかとの所に小さいノコギリみたいなのが付いているブーツはマストだの様々な憶測が飛び交った。
果たしてそれは我々が知るチバユウスケなのか?という疑問もある。
どう考えても「夕陽のガンマン」に出てくるクリント・イーストウッドのコスプレなのでは?という鋭い意見もあったが、その件については我々は固く口を閉ざす事にした。
チバユウスケは恐らく自己紹介の時もメジャーリーガーのように、くちゃくちゃとガムを噛みながら聞き取れないぐらいの小声で「よろしくッス・・・」と形だけの挨拶をする男だろうと完全に決めつけていたし、むしろそうあってほしいという願望すら抱いていた。
オレたちは期待で胸を膨らませてチバユウスケの出社を待っていた。
でも実際に出社してきたチバユウスケはオレたちの期待をあっさりと裏切るようなとても清潔な身なりをしていた。
黒縁の眼鏡をかけ、きちんとしたビジネスバッグを持ち、アイロンの掛かったシャツのボタンはきっちりと一番上まで留めていた。
そして、五月の風のように爽やかで丁寧な自己紹介をする好青年だった。
育ちの良さを感じさせる落ち着いた態度は普通の会社であれば大歓迎されるであろうし、第一印象ではほとんどの人が彼に対して嫌悪感を抱くような事はないだろう。我々としても彼の名前が「河相我聞」であれば失望感を抱くこともなかった。
それどころか「モンガー」という親しみやすいニックネームを付けてガールズトークに花を咲かせていたかもしれない。
もちろん本人には何の落ち度も無いことは我々も十分理解していた。
しかし、我が社にやって来たチバくんは、オレたちが知るチバユウスケとはあまりにも違い過ぎていた。
日本に何人のチバユウスケが存在するのかは知らないが、チバユウスケ界の中でも恐らく対極にいる2人なのではなかろうか。
嗚呼チバユウスケの光と闇・・・。
ちなみにオレが思う理想のチバユウスケ像とは、
①バイクは基本ノーヘル
②煙草のことをヤニと言う
③世界の終わりを待ちわびている
④聞き分けのない女の頬をひとつふたつ張り倒す
といったところが挙げられるだろう。
まぁ最後のはチバユウスケというよりは理想の沢田研二像。
そうは言っても入社したての24歳の若者に「君は仕事なんか覚えなくてもいいから、とにかくアウトローらしくいてくれ!」と言うのはあまりにも酷だし、何よりもチバくんのお母さんを悲しませることになる。
オレたちだってせっかく入社した後輩のお母さんの涙は見たくない。
そこでオレたちは仕方なく円滑に職場に馴染んでもらう為の突破口として、まずはチバくんに自分の趣味などを語ってもらう事にした。
あわよくばその会話の中から「密売」とか「末端価格」といったキナ臭い単語のひとつでも出てきたら御の字だ。
ついでと言っては何だけど、ウルトラ兄弟の中では何トラマンが好きなのか、はたまた仮面ライダーの中ではどのライダーが好きなのかも聞いてみた。
すると彼はライダーやウルトラの質問は軽く受け流し、自分の趣味がギターであるという事を自供した。
チバユウスケの口から「ギター」という単語が遂に出た。
ようやく彼も分かってくれたのだろう。
それならばウルトラの質問をスルーした事は水に流してやろうと思った矢先、
彼は自分の好きなバンドについて訥々と語りだした。
「自分はラルクとかルナシーが好きなんです」
え?
「あと、GLAYとかホニャララ(←何かもう良く分からないV系のバンド名)もよく聴きます」
いや、あれ?ミッシェルは・・・?
「洋楽とかはほとんど聴かないんですよね」
いや、この際洋楽はどうでもいいんだけど、せめてBirthdayとかさ・・・
そしてその後も我々が聞いたこともないV系のバンドの名前ばかりを挙げる彼にオレは心の中で往復ビンタをかましながら叫んだ。
「チバユウスケのくせにどげんしてラルクとか聞くとよ!」
怒りのあまり心の九州弁(しかも適当な)で叫んでみたが、当然のようにチバくんのハートには響いていなかった。
なんなら先輩たちにもCD貸しますよぐらいの柔らかい笑みを浮かべていた。
オレは念のためチバくんに「ミッシェルガンエレファント」というバンドを知っているか?という質問をしてみたが、
彼は数秒考え込み、名前に聞き覚えはありますが僭越ながら存じ上げませんと礼儀正しい生徒会長のように答えてくれた。
で、結論。
どうやら我々が思っているほど世の中にロックは浸透していません。
毎年夏フェスとかで数万人のリスナーが集まるというのもマスコミが作ったデマで、本当はせいぜい300人ぐらいのヒトたちが忙しなく動いてるだけかと思われます。
フジロックとかサマーソニック等は全て幻です。
ロックンロールは鳴り止まないどころか、初めから鳴っていませんでした。
あと乗客に日本人はいませんでした。いませんでした。
すいませんでした。