箱入り息子と眼科へ行く
裸眼で車を運転できる夫が、最近は、近くが見えないと言う。老眼が来たか。
私は中学生の頃から近視で眼鏡をかけている。最初は授業中だけ。今は24時間。寝る時も。こどもが生まれたとき、夜中に目が覚めた瞬間、赤ちゃんが息をしているか、パッと見えるように眼鏡のまま寝るようになって、いまだにそのまま。お風呂で顔洗う間だけ外して、ついでに眼鏡も洗う。私も老眼が来ているので、小さいものは眼鏡を持ち上げて裸眼で見ると見える。
こどもは数年前に不登校、ホームスクーラー、元気なひきこもりになって以来、家の中でパソコンしてる日々なので(もしかすると遺伝的に私に似て近視になりやすい体質かもしれない)視力が落ちてきたようで、テレビを見るときに目を細めて見にくそうにしている。春に近所のクリニックで受けた健康診断でも眼科行ったほうがいいかもと言われた。
ということで三人いっぺんに眼科に行くことにした。
当日出かける1時間前にこどもに聞いた。
「今日眼科って言ったっけ?」
「聞いてない」
「あれ?今週眠すぎてうっかりしてた」
でもすんなり支度して出かけてくれた。急な予定変更(苦手)に対応できて偉い。
初めて行く眼科。みんな初診。問診票を書く。こどもにも渡して、
「大人になったら自分で書かなきゃいけないから練習と思って書けるとこ書いてみて」
と促すと、しばらくためらっていたけど、
「名前は書ける?」
と名前欄を指すと、何年ぶりかで自分の名前を漢字で書いた。
「書いたよ。汚いけど」
「いいよ。読めれば。ふりがな書く?」
ふりがなもいけた。
「生年月日わかる?お母さんは昭和だけど(こども)くんは平成だよね。ここ平成、丸つけて」
何回か、ここに丸、と言ったら丸つけた。わからないというより、やりたくないのかも?
年月日はわからない様子。そうか、物欲がないからプレゼント(本)がもらえるからって自分の誕生日もそんなに興味ないし、家で暮らしてて生年月日聞かれないし、しょうがないか。
何年、何月、何日、と言ってあげたら数字を入れてた。
「年齢わかる?何歳?」
「ん?」
自分の歳だって意識しないと忘れる。私だっていつも何歳だっけ?ってなる。私はこどもの歳は覚えてるから、そこに産んだ歳を足して、えーと…。
性別はさすがにわかる。
「住所は?」
無反応。もう疲れたっぽい。
問診項目は言われるままチェックを入れて、住所電話はお父さんに書いてもらってた。
体質の問診項目に、花粉症と並んで発達障害のチェック欄があるところに時代の変化を感じる。ここチェックしとくと何が違うんだろう?病院側の人の心構え?
目の検査は1人ずつになったから大丈夫かなと様子をうかがうと、本人確認で誕生日を聞かれて、さっき書いたばかりなので上手く答えていた。良かった、さっきやっといて。視力検査は一応右左を指差してできてた。
検査用の眼鏡をかけて待合でしばらく様子を見る。どう?と聞くと、
「まあ、あってもいいかな、と思うよ」
と眼鏡の便利さが気に入った様子。検査の人が来て、頭痛くなったりしないか聞くと、静かに頷いていた。
診察。こどもが呼ばれて私もついて入る。
「ここに顔のせてね」
ちゃんとのせて、両手で枠につかまってる。つかまらなくてもいい所だと思うけどつかまっちゃいけないわけでもないからいいか。
「はい、いいですよ~」
まだ顔のせてつかまってる。
「もういいですよ〜」
まだのせてる。
私が後ろから肩トントンして、さらに服をつんつん引っ張るとやっと検査機から離れた。もう疲れてきて指示が届かなくなってる?
「遠くが見えにくいんだね。近視だね」
などお医者さんがこどもの方に話しかけてるけど、こども無反応。お医者さんがちょっと、あれ?この子大丈夫かな?って顔してる。こどもはたぶん、親がいるから親が返事するだろ、と思ってるか、リアクションの必要を感じてない。
「眼鏡の処方箋をお渡しするので眼鏡ができたら確認のためもう一度来てくださいね。大丈夫かな?」
無反応。固まってる。またトントンして立たせて、
「大丈夫です。ありがとうございました」
と私が言って退室。
私は目は悪くなかったので疲れ目の目薬が処方された。
夫は、100均の老眼鏡から試してみては、と言われたらしい。
お会計待ちの間に、
「このあとついでに眼鏡屋さん行く?」
とこどもに聞いたら、即座に首を横に振っていた。
「もう疲れたから無理だって」
とお父さんに通訳すると、
「マジで?」
と苦笑い。
「もう一回違う日に出かけることになるけど。今日行けば一回で済むけど行く?」
ともう一度聞いても、きっぱりと首を横に振った。もう帰りたいらしい。
帰り道、夫と、
「爺やがついてないとどこへも行けないお坊ちゃまになってるわ。立派な箱入りだわ」
「ほんまやな」
車もドア開けてもらって乗ってる。シートベルトは最近は自分で出来てる。
思い返したら、私は中学生の時に歯が痛いとか黒板が見えないとかいうとき、自分で行きたい医院を決めて、1人で歯医者や眼医者に行ってたけど、今の時代は親がついてくほうが普通というか、医療側から、保護者の同意がないと、とか言われるのかな?
だからまだ1人で行けなくてもいいと思うけど、もっと大きくなったら、自分で予約取ったり、問診票書いたり、受付や診察で受け答えしたりできるようになるだろうか?
今でもその気になればできるのか、大きくなったら(普通より遅くても)できるのか、一個一個教えたらできるのか、できるけどやろうと思えないのか、どうにもできないのか、どうなんだろうか?
普通の子が高卒くらいでだいたいなんでもできて一人暮らしも可能になるとしたら、うちは30歳くらいか、そこまで行ってもまだ誰かの助けがいるんじゃないかと。
自閉の程度は軽いほうだし、知能も低くないし、性格も穏やかだし、安定してるけど、普通の自立は難しそうで、でも福祉に頼る程の困りでもない。
福祉を利用するとしても、たまに困りごとがないか聞いてもらう程度になるのかなあと思うけど、そうじゃなくて、一日中、ごはん食べようか?レベルの細かい気遣いこそ必要な子だから、家族がいればいいけれど、もし一人になったらどうなるのか?
たまに外に出るといろいろ考えてしまう。甘やかしたんじゃなくて、この子が今がんばれるのはこのくらいまでだな、という調整をし続けてきての現状なんだけれども。
ちなみにいま私が、こどもが自分でできるようになるといいなと思っていることは、歯みがきと爪切り。
呼ばなくても歯みがきしてもらいに来たり、
「足の爪、切るべし」
と自分から言うようになったところに成長は感じる。
寝てる間にそっと爪切りしなきゃいけなかった赤ちゃん時代や、伸びてるから切らせてと言ってもヤダと断固拒否してた頃を思えば、母としては、楽になったな〜と感動するくらいで、焦ってはいない。