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ステーキを焼いて食べただけの話

ステーキ肉を焼くことにかけては、他の追随を許さないことで界隈では有名な僕。
妻はいつも「すごい美味しいね!!」と言って僕が焼いたステーキを食べてくれる。ステーキだけに素敵な笑顔でやかましわ。

霜降りの「口の中でとろける」タイプのステーキ肉は、僕に言わせれば邪道だ。肉食べる意味ないやんそれ、とさえ思う。とろけるを楽しみたいならチーズ頬張っとけよ、ってなものである。
あ、口調が荒くなってしまってごめんなさい。ステーキの話だけに、熱が入ってしまったやかましわ。

とにかく、せっかく肉を食べるんだったら、「肉、噛み切ってる感」があってナンボでしょ。歯ごたえしっかりの赤身を。

これを読んでる君が、恋の片思いに暮れる男子ならばオトしたい女の子の前で、ステーキ肉を食べるといい。めちゃくちゃ野生味あふれる感じで。
何せ、女の子は男のワイルドな一面に弱い。
その為にも、その子の前でいつでもステーキ肉を取り出せるように、準備しておくこと。

ビビらなくていい。
君がどれほど自分を冴えない男だと思っていたとしても、自信を失うな。勝機はある。
ルフィや、孫悟空のように肉の塊を豪快に噛み切れば、きっと彼女もこう言ってくれるさ、
「食べ方きたなっ…」

さて、その日僕は肉という名の花が咲き誇るフラワーガーデン、つまりマックスバリュの肉売り場にいた。
部位、産地ごとに陳列された肉のパックに、次から次へと視線を落とす。

僕は買い物する時いつも「目が合った」と感じる食材を手に取るようにしている。
野菜にせよ、魚にせよ、肉にせよ、陳列されたそれを僕が見ているのと同じく、向こうからも「あ、オレの方見てるな…」と、感じる食材って確かにある。

この日もめちゃくちゃ僕の方を見ている肉のパックがあったので、迷いなく手に取ってカゴに入れた。
パックには「30%オフ」のシールが貼られていた。僕と目が合う食材あるあるだが、偶然にも、値引きシールが貼られていることが多い。
偶然にも、だ。

自宅に帰り台所に立つ。
キッチンドリンカーだか、ドランカーだかを気取って夕方早い時刻から、エビスビールをプシュッとやりつつステーキの準備に取りかかる。

実は、おいしいステーキというのは、焼く前が肝心だ。焼く前に全てが決まっていると言っても過言ではない。
常温に戻す、筋切り、たたく、などの下ごしらえを的確に施すことで驚くほど、仕上がりが変わる。

その辺の細かい理屈はあるだろうが、なによりも、もし自分が肉だったとしたら、しっかり下ごしらえしてくれた人には、「めちゃくちゃ旨く焼けたろ!」ってなると思う。食材側のモチベーションが上がるって話。
つまり、下ごしらえとは食材とのコミュニケーションのことで、最も疎かにしてはならない部分だと僕は考えている。ちなみにこれ今思いついただけの話な。

ジューー!!
フライパンに乗せた肉が音を立てる。タイマーできっかり強火で1分。裏返して村上龍じゃないけど、限りなく強火に近い中火で、肉の表面にうっすら肉汁が滲んできたら、このタイミングで塩コショウ。
焼く前に塩コショウしないのかって?
チッチッチッ(人差し指を顔の前で振っている)

塩コショウは、タメにタメを利かせること。
肉に「まだですか!!塩コショウまだですか!!おかしくなりそう!!早く塩コショウを!!本当におかしくなっちゃうう!!!うわぁああ焦らさないでぇええ!!」と言わせるつもりで、十分に焦らしてから、塩コショウ。
何人も、ステーキ肉の前ではSであれ。
やれば理由分かるから。

そうして焼き上がった肉を皿に乗せて、テーブルに着く。
肉の繊維、その弾力を手に確かめるようにゆっくりとナイフを滑らせていく。

断面を見てみれば、狙った通りの焼き加減。
職場(美容室)ではミディアムヘアーを、家ではミディアムレアーを仕上げちゃう、ってかやかましわ。
一口食べ旨味の大洪水のなかで、自分の手腕とはいえ、このリーズナブルな肉を良くぞここまで旨く焼き上げたものだと、肉を噛みしだきながら感慨にふける。

そして、僕の目の前に浮かび上がった5文字。
あ り が と う

おいしい食事の時間ほど、ありがとうが詰まった時間を他に知らない。
食後、2本目のエビスビールをプシュッと開けて、何となく缶を眺めてみる。
描かれた恵比寿さまがニコッと笑っている。
恵比寿さまは片手に釣り上げた鯛を抱えている。

今度マックスバリュに行ったら、鯛と目が合う予感がした。

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