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露天風呂 ヒゲ 脱衣所

露天風呂にアゴのあたりまで浸かっている。
湯温がぬるく、風呂でのぼせやすい僕には都合がいい。
とろみのある湯が全身を包み込むと、ジンワリと血流が体中の隅々まで行き渡るのがわかる。 

日除けの隙間から覗く空が、僕が体を動かすたびに水面で揺れた。
日常の喧騒から少し離れてたところにある、静けさに触れている。

僕から少し離れたところで、2人の爺さんが会話を始めた。
「あそこはさ、確か駐車場が高かったよな?」
「そうけ?1時間100円じゃなかったけ?」
「いや、40分100円だったよ」
どうやら、コインパーキングの値段の話をしているらしい。

僕の住む鹿児島ではコインパーキングの料金は、1時間100円を境にそれ以上だと「高い」それ以下だと「安い」が、人々の中になんとなくの共通認識としてあるように思う。
この相場感、首都圏じゃ考えられない安さではあるが、ここは鹿児島なので首都圏の相場を持ち出すのは野暮というものだろう。

その爺さん2人も、
「いや、40分100円だったよあそこは」
「いや、1時間やったよ」
「そしたら、最近変わったんかなぁ」
「オレが行ったのは最近だけどな」
みたいなやりとりをしていて、それを黙って聞いていた。

正直、どっちでもいいじゃないのそんなこと、と思ったがそう思うのは僕の勝手な都合であり、爺さん2人はいたって真剣な面持ちである。
僕が真剣になっていることも、別の誰かにとっては至極どうでもいいのと同じだな。
などとひとり思案。

さて、例によって烏の行水である僕の入浴スタイルでは、露天風呂にも5分ほどで飽きがきた。室内に戻る。
僕が来た時にはいなかった、爺さんの姿が3人ほど増えている。
背中に石鹸の泡がモコモコと、それをシャワーで一気に洗い流すと、爺さん次はヒゲ剃りに取り掛かったようだ。

この瞬間、世界中でどれほどのヒゲが剃り落とされているのだろう。
剃っても剃っても生えてくるヒゲ。どうせ剃られる運命にありながらそれでも、繰り返し繰り返し伸びてくるヒゲの気持ちを想像してみるけど、「いやそもそもヒゲに気持ちとかなくない?」というありきたりな結論に達して、その物思いに終止符は打たれた。

脱衣所で体を拭き取り着替えながら、温泉の脱衣所独特の匂いを鼻に吸い込んでいる。
この匂い、温泉の脱衣所だけでしか出会わないよな。
嫌いな匂いではないし、取り立てて好きでもないのだけど、「温泉の脱衣所の香り」みたいなルームフレグランスがあったら、一回は買ってみてもいいかな、とか思った。いや、やっぱ買わない。

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