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会社のお世話になった先輩が、バッチバチにキメてた話

以前僕が会社員をやっていた時代、経理に山田さん(仮名)という女性がいました。
年齢を誰も知らない謎多き方で、ちょっとした美人でした。

いわゆる「仕事できる女性」みたいなオーラをまとっている山田さんは、ある種プライドの高い雰囲気もあり、まるで村上春樹の小説の登場人物のような口調で話す人でした。


「かわなべさん、この前伝えた書類の提出期限が迫ってるわ。期日内に、間に合うかしら?」

僕は、現実世界で語尾に綺麗な「わ」や質問の「かしら?」を使う女性にあまり出会って来なかったので、山田さんの話し方はよく印象に残っています。

歴の浅い後輩である僕への対応には、幼い子供を相手にするような「小慣れ感」さえ漂っていました。
僕の報告や連絡に対する返事がいつもクールな
「オーケー」
だったことも、僕の中では山田節として残っています。


いつもクールで、品があって、姿勢が良くて、メイクはバッチリ、いかなる時も自分を取り乱すことがないように見える山田さんに、僕は浮世離れしたものを感じていました。
私生活が想像できない、そんな雰囲気を。


さて、ある日、僕は地元のデパートの入り口前で、年に2回開催される物産展のオープン時刻を待っていました。
目的は、嫁さんのお母さんの欲しがっている「バター」を買うこと。


嫁さんのお母さんとは、我々男にとって絶対的な存在であり、「バターを」と言われれば「イエッサー!!」と二つ返事で買いに駆け出すのが、男の勤めというものです。

その物産展とは、毎回県外のご当地グルメが数量限定で売り出されるもので、ものすごい数の人でごった返します。
僕の地元では他にあり得ないレベルで人が押し合いへし合い混雑する。
その日もオープン前から、当然のことのように買い物客の長蛇の列がすごいことになっていました。


時間になると、売り場になだれ込むようにして、われ先にわれ先にと大勢のお客さんが、突入していきました。
僕ももみくちゃにされる中、「お義母さんのバターをば!お義母さんのバターをばー!!!」と孤軍奮闘の体で売り場へと一目散。


そうして、目的のバター売り場の列にたどり着いた時にはホッとひと息。
よし、この順番なら売り切れにはならなそうだ。バターが買えることを確信して安堵しました。
と、その時、僕の真横をものすごいスピードで駆けていく人影が…。





いや山田さん、ごっつ走っとるやないかい!!


普段のクールさどこいったん。なぁ。取り乱しまくっとるやないか。なぁ。ほぼ全力疾走やないか。てか、


前傾姿勢エグない!?


クラウチングスタート切りたてやないかい。なぁ、山田さん。
絶対に負けられない戦いがある、ってか。なぁ。頼む!絶対に間に合ってくれ!!


普段の山田さんからは、買い物のために走る姿を想像することなんて微塵もできなかった僕にとってその光景は、衝撃が走ると呼ぶに相応しいものでした。

おそらく、僕のような会社の人間には絶対に見られたくない姿だったのではないかと、勝手に想像しました。


そして、日を改めて会社でまた、普段通りいつものクールな山田さんに会いました。
僕はちょっと好奇心というか、下心というか、魔がさしたというか、例の物産展の話を持ち出してみました。


「この前、あそこのデパートの物産展に行ったんですよ」

「あらそう。どう?混んでたのかしら?」



いやあんた、おったやないかい!!

しかも

バッチバチにクラウチング、キメとったやないかい!!



え?もしかして、オレが見たのアレ、霊なん?山田さんの霊見たんオレ?足あったっちゅうに。
それともドッキリ?あれドッキリなん?カメラどこやねん。


と、僕がデパートで見たのは確実に山田さんだと思っていたのですが、あくまでも「行っていない体(てい)」で、会話を切り返す山田さん。

よせばいいものを、さらに魔がさしてしまった性格のゆがんだ僕は、確信に迫る返しをしてしまいました。


「僕あの日、売り場で山田さんを見かk…」
仕事あるからもういいかしら?



やっぱ行っとるやないかい!!


その反応は行っとるやないかい。
オレの話、遮って終わらせるのはもう確実に、クラウチング、キメてたからやないかい。なぁ。オレ見たのやっぱ霊ちゃうぞ。



「もうそれ以上何も言うな。速やかにここを去れ」
という山田さんから僕に向けられた、無言の圧を感じ取った僕はその場を速やかに立ち去ることにしました。

その日以来、山田さんが僕に対して少し距離を置くようになった気がしたのは、僕の思いこみに過ぎないかもしれませんが、その真偽について今となっては知る由はありません。

時々思い浮かぶお世話になった人たちの顔が、僕にもあります。
山田さんもその1人。今はもう連絡を取り合う術もなく、どこにいるのか分かりませんが、元気にしていてほしいななどと、勝手なことを思ってみたりします。

余計なところを目撃したり、言ってしまう出来の悪い後輩で申し訳なかったな、という思いと共に忘れられない山田さんでした。

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