7月13日 クリニックへ行ってラーメンを食べて帰ったというだけの話
1年半ほど前に「チョコレート嚢胞」という子宮内膜症の一種が見つかって、以来、3ヶ月に1回のペースで婦人科のクリニックに通っている。今日はその通院日。チョコレート嚢胞が悪化する原因の一つに毎月の生理が挙げられるため、クリニックでは、生理を止める「ジエノゲスト(ディナゲスト)」という薬を処方してもらっている。
ジエノゲストは、月経周期をコントロールするピルとは異なり、服用中は生理が完全に来なくなる。ピルと違って血栓症のリスクがないため閉経するまで飲めるというし、そもそもPMSを含めた生理の煩わしさから月額2,000円以下で解放されるだなんて!どうしてこの薬が日本であまり広まっていないのか不思議でならない。
嚢胞は現在5cm弱の大きさで、4〜6cm以上で摘出手術に踏み切るケースが多いらしいが、わたしは歳も歳だし、子どもを産む予定もないしということで、経過観察状態になっている。つまり、症状的に大したことはない。たぶん。
「お久しぶりです、お元気でしたか?」
「えーと、実はあんまり元気じゃなくて。癌になっちゃったんですよね、大腸がん。あとストーマもついちゃって」
照れ隠しに笑いながら話すわたしに、先生は「えっ」と驚く。わたしはここ2ヶ月で自分の身に起こった出来事を簡単に話す。
「だから、子宮内膜症の治療どころじゃなくなっちゃったんですよ」
「それは“どころ”じゃないですね」
「あっ、ごめんなさい、言い方が」
「いやいや、ストーマも……私は手術に立ち会ったことがあって、可愛いと思うんですけど。でも、つらかったでしょう」
「嫌でしょう」でもなく「見慣れたら可愛いものですよ」でもなく、なんて寄り添った言葉の選び方をする人だろう。ふいに胸を打たれて、心からのお礼を述べた。
検査の結果、嚢胞の大きさは「横ばい」でひと安心。
「ストーマあげる(おそらくストーマ閉鎖の意)とき、こっちも一緒に取ってもらえないかなぁ」
「病院次第だけど、できるっちゃできるんですよね〜」
などと、内診中に先生がブツブツ言っていて、ちょっと楽しい気分になった。
帰りしな、“クリニックの帰りはラーメンを食べる”というルーティンを達成するため、カウンター席のみのこじんまりとした「いつものラーメン屋」へ寄る。食が細くなり、食べるのが遅くなり、そして油ものに弱くなった今のわたしにとって、一人でラーメンを食べに行くことはそれなりにチャレンジングな行為だ。でも食べたかった。癌になって、ストーマがついて、抗がん剤治療が始まって、わたしにはできないことが増えすぎた。これ以上、何もルーティンを失いたくなかった。今まではラーメンと半チャーハンのセットを頼んでいたが、今日は初めてラーメンを単品で注文した。それすら食べ切れるか不安だったが、チャーシューとメンマ、ネギだけが乗ったシンプルな中華そばを前にして、これならばと安心した。メンマがすごく柔らかくて、噛んだら口の中でほろっと崩れて、なんだか、わたしは泣いてしまった。
「さっきのいつも来てくれる男の子、おいしいからってお母さんを連れてきてくれたんだって」
「ああ、そう、そうかい」
店を切り盛りする老夫婦が、カウンターの中で嬉しそうに話していた。
JRのホームで電車を待っていると、息の止まるような風圧とともに特急列車が通過していった。それは何度も見てきた日常の一コマのはずなのに、一歩踏み出したらあっけなく死んでしまうその状況を、今日はすごく恐ろしく感じた。死ぬってこういうことか、と理解した。怖くて涙が出た。さっきの涙とは違ったところから出ているように感じた。汗を押さえるような仕草で時折ちょんちょんと目頭にハンカチを当てながら、15分ほど電車に揺られ、最寄り駅のドラッグストアで2Lの水を買って帰った。
「いつものラーメン屋」さんはスマホが禁止なので、代わりに昨日のお昼に食べた、西友の美味しいカレーをトップ画像に置いときます🍛