短編小説:立てこもり
「手塚康夫!おまえは完全に包囲されている。おとなしく出て来なさい!」
住宅街の民家の二階のバンと窓が開く。
「うるせえ!こいつ殺して俺も死ぬんだよ!」
手塚康夫は別れた妻の家を訪ね再婚を迫り断られた。更に元妻は彼氏もいることもわかった。その腹いせに元妻を殺して自分も死のうというのだ。外には数十名の警官と数十名の機動隊員がいた。
手塚は一年前に離婚した。原因は、彼の度重なる浮気だった。わずか半年の結婚生活のうちに8人もの女性と関係を持った。当然ながら妻は耐えることが出来なかった。全て手塚が悪い上に復縁を迫り殺そうというのだから虫の良すぎる話だ。
手塚は元妻の首を左手で抱えあげた。
「今からこいつ殺すからよ!」
「落ち着きなさい!」
「ま、またやり直しましょう!」
「嘘つけてめえ!そんな気なんかねえくせに!死ねよ」
手塚が元妻の額にゆっくりと右手を近付け、デコピンを撃とうとした。彼女は、声にならない悲鳴を上げた。
「待ちなさい!落ち着いて話をしようじゃないか」警察が必死に説得する。機動隊員は全員盾の後ろでデコピンの構えをとった。現場に緊張が走る。
手塚は「ガタガタうるせんだよ!」と言って窓を閉めた。それは、彼がスナイパーの存在に気が付いからだ。隣の民家にスナイパーがデコピンを構えていたのだ。窓を開けていたら屋根伝いに来て額を撃ち抜かれてしまう。
手塚が元嫁にぼそりと言った。
「俺はおまえの大切さに気付いたんだよ。でももう遅かった」
「ねえ!私またあなたと結婚するから!ねえ!」
手塚の足に元嫁がすがりつく。
「さっき何度も何度も断ったじゃねえか。浮気しかしないクソ男って言ったじゃねえか」
「ごめんちょっと私も熱くなっちゃって。ね、とりあえずデコピンしまってよ。ね」
「黙れ!!!」
”パチン”
手塚のデコピンが元妻の額を撃ち抜いた。その音は外の警察にもうっすらと聞こえた。
「・・・あの野郎やりやがった・・・突入!」
一斉に機動隊員がデコピンを構え家に突入した。機動隊員が二階へ駆け上がると、倒れた元妻の横で手塚が自分の額にデコピンを向けていた。
「来んな!死ぬぞ!デコピンをおろせ!」
機動隊員達がゆっくりデコピンをおろす。手塚が目を閉じ己の額を撃とうとすると、一人の若い機動隊員が手塚目掛けて突進してデコピンを撃った。とっさに交わし、負けじとデコピンを撃ち返したが当たらない。
「この野郎!」
手塚と機動隊員達のデコピンの撃ち合いになった。一進一退のデコピン撃戦が続く。しかし大人数を相手に手塚が勝てるはずもなく、一発のデコピンが額をとらえた。
「うっ」
動きの鈍くなった手塚はその後、額に五十数発のデコピンを浴びた。手塚は額を手で触り、手を見た。血が付いていた。
「なんじゃこりゃあああああ!」
膝から崩れ落ち倒れた手塚に、熱くなった先ほどの若い機動隊員が更にデコピンを撃ち込もうとしたが他の機動隊員に止められた。
「もう終わったんだ」
手塚も元妻も一命を取りとめていた。
搬送される救急車の中で元妻は言った。
「別に怪我してないし家帰りたいんですけど」