短編小説:走馬灯

青木久雄、43歳フリーター。週5日深夜のファミレスでアルバイトをして生計を立てている。
休みの日は、どこに出かけるわけでもなく、築40年の木造アパートの自室でだらりと過ごす。
青木は、しょっちゅう、こんなボロボロの汚ないアパートが自分より年下だと思うと、何とも言えない嫌な気持ちを抱いていた。
ある休みの日、いつものように夕方に起き、見もしないテレビをつけた。見慣れた人達がどこかで見たことのあるやりとりをして、はしゃいでいる。それを何となく聞きながら、万年床に寝転び、木が腐っているような天井を見て考えた。
”俺が死ぬときに流れる走馬灯、どんな場面が流れるんだろう?”
青木は今までの人生、一度も主役になったことなどなかった。ずっと人に気を使いながら生きてきて、優しいといえば聞こえはいいが、現実は気が弱くて便利な人間。ただ人を怒らせるのが怖いだけの弱い人間。
外が薄暗くなってきて、お腹がすいていることに気付く。冷蔵庫を開けると缶チューハイとマヨネーズとガチガチに固まった納豆しか入っていない。缶チューハイを一気飲みして、自宅から徒歩5分ほどのコンビニに向かった。店に入ると、大学生ぐらいのカップルがイチャつきながらお菓子を選び、仕事の出来そうな若いサラリーマンが電話をしながらサンドイッチを手にしている。青木はカップ焼きそばと缶チューハイ3本をカゴに入れレジに向かった。ほぼ同時にレジ来たカップルに会計を先に譲った。会計を終えたカップルは青木に何を言うこともなくイチャつきながら帰って行った。
自宅に向かい、コンビニの袋を片手にとぼとぼと歩いていると、後頭部に激痛が走った。前のめり倒れアスファルトに額から倒れた。何者かに仰向けにされ体を弄られ、財布を持ち去られた。先程コンビニにいた仕事の出来そうなサラリーマンだった。実際は仕事も出来ない強盗だった。財布には千円札1枚と三百円程度の金額しか入っていなかった。
青木は鉄の棒で殴られて財布を奪われたという認識はなかったが、薄れゆく意識の中思った。
”俺死ぬのかな”
視界から景色が消え真っ白になった。その真っ白な中にじわりと浮かび上がってきた。
若い頃の母親に抱かれている。温かい。しかし母親の目線は茶色くてゴツいテレビに映る、クソ面白くもない大昔のバラエティ番組。母親の隣にいる父親が大笑いしている。
桃太郎らしき子供に新聞紙の剣で叩かれひっくり返った。これはたぶん幼稚園の頃にやった劇だ。剣を掲げた桃太郎が拍手を浴びている。
実家の自分の部屋の天井だ。中学生のとき、ちんちくりんのヤンキーと好きだった女の子がキスしているのを、たまたま体育倉庫で見たのを思い出してオナニーしている。
また実家の天井。高校生のとき、バイトしていたコンビニで働いていたキレイな女子大生が店長と休憩室でセックスしていたのを見てしまったのを思い出してオナニーしている。
今のボロアパートの天井。普通にオナニーしている。
そして、真っ白な光の中に吸い込まれそうになった。
”ちょっと待ってくれ!”
走馬灯のシーンは脇役の自分とオナニーしている自分しかなかった。小学生のときの走馬灯がないのも悲しかったが、二十歳過ぎてからの20数年がオナニーのワンシーンしかなかった。
”このまま死んでたまるか!”
青木は強く思った。
薄っすら目を開けると夜空が見える。虫の声も聞こえる。後頭部がずきずきと痛むが何とか立ち上がり、目を見開き前を見た。
後頭部に再び激痛が走った。少額しか入っていなかった財布に腹を立てた強盗にまた鉄の棒で殴られた。
青木は走馬灯など流れる間もなく即死した。流れたところでしょうもないが。

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