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橋の下今昔

河畔の四季

京都鴨川の土手路を通るのは楽しい。高校時代は友人とよく自転車や徒歩でこの路を高校に通った。またごく最近は、三条通りから東一条通りまでの鴨川河川敷を歩いて仕事に通った。三条大橋をはじめ、御池の橋、二条小橋、丸太町の橋、さらには荒神橋の下をくぐっての散歩はことさら楽しいものでした。長年にわたり朝晩毎日のように通っていると、四季の移ろいや川の流れはもちろん、人の動きにも目が向くようになった。

夏場は太陽が高く、朝でも結構日差しが強い。木陰を求めて東縁の土手を歩くことが多い。桜花の季節は、「つぼみふくらむ」頃が格別美しい。土手の一、二部開いた桜花が、宣長のいう「朝日に匂う」すがすがしさを周囲の空気に映し出す。

冬には西縁の河川敷を歩く。西縁の土手は広い。雪をかぶる比良山系、北山の山並みが鴨川上流の糺(ただす)の森の向こうに見える。右手に比叡山、東山如意ヶ嶽(大文字山)が続く緩やかな山並みを見渡せる。風の強い日などは、冷気が顔にあたり寒さが厳しい。けれども天気がよいと斜めから射す日ざしは暖かく、ありがたみを感じる。

秋の土手は、いろはもみじやイタヤカエデ、ケヤキなど、様々な広葉樹の紅葉が見事である。紅葉は桜花と異なり、一本の樹木に緑から黄色、さらにはとりどりの赤色への変化を楽しめる。陽当たりのよい表面の枝葉のクロロフィル(緑)が早々に脱落・脱色して地の黄みが現れ、時とともにアントシアニンを生成して順次、オレンジ色、柿色、深紅、黒みを帯びた(静脈)血色までの赤みへの変化を示す。奥の葉の緑色から、黄み、様々な赤みのグラデーションの移ろいを見るのは楽しい。

鴨川 橋の下今昔

橋の下は雨露をしのげるので、これまでも無宿ものが小屋を掛け、寝泊まりしていることが多かった。かっては河原ものが集まり、小屋掛けをして見世物や踊りを披露したり、瓦版を売り歩いたりで、時代(とき)のエネルギーが充満していた。三条河原や四条河原は歌舞伎や今様、瓦版など時代を先駆ける新たなものを生み出す場であった。一方、庶民の憩いの場でもあったことは、貴賤、聖俗が相混じって川床で楽しむ様子を描いた鴨川遊楽圖繪などからも窺える。同時に、時代の波に乗り損ねたもの、その日暮らしの宿なしなど、社会の底辺をうごめく人々も集まっていたのであろう。さらし首や掛札など、懲らしめの場ともなった。

時代が移って現代になっても、橋の下は若干の怪しさと共に浮き世の無常を感じさせる。流れ者がしたたかに生きる場所であることも変っていない。大雨がでると、橋の下の土手に小屋掛けし、夜露をしのいでいた浮浪者を、管理する側が好機とばかりに追い出しにかかる。掛け小屋も撤去される。そのうち、いつの間にか、浮浪者が戻る。これを防ぐのに、役所は橋の下の土手を金網で囲い、人や物が入れないようにする。景観は台無しである。

けれども、まもなく金網は破られ、その内側にまた小屋が掛けられるといった案配であった。いわば、取り締まる側とやむなく寝泊まりする側の「イタチごっこ」が続いた。事実、近年は秋口の台風ばかりでなく、季節外れの集中的な豪雨に見舞われることも多い。急激な増水により、土手が川水に洗われることがしばしば起こり、周辺で寝泊まりすることは生命の危険を伴う。役所も放っておけないのであろう。

しかし、長年にわたったこの「イタチごっこ」に終止符が打たれた。管理者が橋下を金網で囲うのを止めたのである。替わりに、一本丸太の洒落た長椅子などを置いて憩いの場とし、スポットライトをつけて壁にさきの鴨川遊楽圖繪や洛中洛外圖屏風などの写真を飾り付け、平安期から江戸期にわたる鴨川周辺の風俗を案内する看板を取り付けた。つまり、あえて言えば、文化や景観に配慮した管理を始めたのです。防犯のため、夜間には自動で点滅する電灯も灯るようになった。これを契機に橋下の小屋掛けが劇的に減った。

鴨川河川敷には市民も多く集まる。タバコを一服するもの、新聞を読むもの、三味線・サックス・コーラスなど音楽するもの、犬と散歩を楽しむもの、ジョギング・自転車するものなどさまざまです。清流となって魚が戻り、そして鳥が餌を求めてやってくる。カモ、サギ、カモメ、トビ、ドバト、すずめ、カラスが集まり、朝はことさらにぎやかです。カワウが朝日を受け、羽を広げて乾かしながら憩っている。

国内外の観光客も最近は多く見かけるようになった。市民や観光客にとって川端が歩きやすく、明るくなれば喜ばしいには違いない。しかし、これまで橋下の住民に比較的寛容であった市民のまなざしは若干厳しくなった。役所は市民を味方につけ、橋下の住民はサポーターを失ったといえる。このため、橋下の住民は、やむなく河岸の石積みの堤防斜面に極めて粗末な小屋掛けをしたり、急ごしらえの一夜限りの段ボールの掛け壁を囲み、寝袋に包まって夜を過ごす。日が暮れると橋下の辺りは静寂に包まれる。語らうものもいない橋の下では、冬の寒さが身に滲みるであろう。

#エッセイ #鴨川 #橋の下 #今昔

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